共同研究

台湾の「海女(ハイルー)」に関する民族誌的研究—東アジア・環太平洋地域の海女研究構築を目指して—

2021年度 下田市須崎地区の春漁調査と台湾東北角での海女の石花菜漁の撮影報告

日程:2021年3月7日(日)〜3月11日(木)
調査先:静岡県下田市須崎地区
調査者:藤川美代子、齋藤典子

 2020年度はCOVID-19の世界的な感染拡大に伴い、私たちは台湾基隆近郊・東北角一帯での現地調査を一度も行う事なく年を越す事となった。そこで台湾メンバー(許、沈、藍)が中心となり、ドキュメンタリー映像作家・張緯誌氏の監督で、台湾の海女(ハイルー)の生業を映像記録として残す事になった。台湾新北市貢寮区龍洞において、石花菜の潜水漁を行う海女・原住民・ダイバーや仲買人の撮影が3月下旬から始まった。一方国内では、3月7日〜11日まで藤川と齋藤が下田市須崎地区で春季漁の調査を行った。本稿では今回調査で出会った須崎の新住民の人々と、漁業権を持つ旧住民の海藻漁とエビ刺し網漁について報告する。

ともにハードルが高い「漁業権」の取得と「海藻・貝・海老の口開け」規制

写真1 令和3年須崎地区の口開け予定表

写真2 朝6時、漁場からえび網を回収した船が戻る

 今回の調査は、懇意の海女さんから「ワカメ切りが始まったよ!1月から口が開かないエビ網もやっと開きそうだ」と、電話をいただいた事から始まる。
 下田市須崎地区一帯の地先の磯で採貝・採藻、ウニ、伊勢エビなどを獲る漁撈活動は、同地区の共同漁業権の受益者に限られる。水産庁のWebサイトにも明記されるように共同漁業権は、地元に住む漁民が地先内の水面を共同で利用し、漁業を排他的に営む権利である。共同漁業権者であり管理者は、個々の漁民ではなく地先を管轄する地元の漁業協同組合である。須崎は、伊豆漁協・須崎出張所が管轄する。ところが、地元民の多くは、漁業権は各戸の戸主が所有するものと考えている。そのため、江戸時代より須崎に居住するとされる住民たちは、代々漁業権があると認識し、現在、戸主がサラリーマンであろうと、高齢者の一人暮らしであろうと、地先の磯で採貝・採藻、ウニ、伊勢エビなどを獲る権利を持つ。しかし、新しく移り住んだ住民が漁業権を持つには、十数年かかるというのが通説である。つまり、新住民が地元の磯で漁撈活動を行うには、非常にハードルが高い。
 一方、下田市須崎地区の漁業権受益者がいつでも自由に漁ができるかというと、そうではない。漁業者の磯の仕事は、毎年配布される「口開け予定表」(写真1)によって、スケジュールが決まる。令和3年度の予定では1月13日9時の磯ノリの「口開け(解禁)」から始まり、ワカメ、ヒジキ、テングサの「岡取り」と、海藻の口が徐々に開く。貝類の「岡取り」が始まるのは、4月24日になってからだ。「岡取り」とは、顔面を水面につけずに箱メガネで海中を覗きながら、潜らず、泳がず、熊手とノミ道具だけで藻や貝を採取する漁法である。そして「潜り(潜水漁)」は、「岡取り」の後に始まる。テングサの「潜り」は、4月27日からが解禁であり、貝類は7月1日以降である。最後に伊勢エビの刺し網漁の口開けが9月26日に予定される。また漁業者にとって、藻・貝・エビの口は、一度開けば口止まり(漁期の終わり)まで自由に操業できるわけではない。須崎の場合、テングサ、貝、エビを獲るには、幾段階もの規制がかかる。毎朝6時に各種別組合の世話人が集まり、風雨や潮、地区内の不幸の有無などを確認し、その日の口開けを決める。我々が滞在した5日間の内、まずまずの天候であったにも関わらずワカメ切りとエビ網の口が開けたのは、わずか1日のみであった。今年に入り、4月終わりまでに伊勢エビの口が開いたのは、1週間ほどしか無かったという。エビ網だけでなく、テングサや貝を獲るルールも厳しい。禁漁日や逸脱した漁法で漁を行うと、罰則が課せられ、その年は操業停止になる。

写真3 家族、親戚、地域の人が海老を網から外す作業をする 写真4 本日の成果品の伊勢エビ

新住民の流入による須崎の変化

 2000年当時、須崎地区の人口は1,700人、戸数は650戸程であった。また、生業で海女を行う女性は70名程おり、その殆どが60-80代であった。10 年後の2011年、海女は半減し、後継は、漁業や遊漁船業と兼業する海士であった。若手の海女が先細りする中、変化が訪れたのは2017年頃である。一度は地元を離れた30代、40代の男女が海女や海士として故郷の海に潜り、サーファーだった女性が地元の男性と結婚して海女になった。しかし、これら漁業に携わる事ができるのは “代々漁業権を持つ” と認識する旧住民である。  
 2010年頃より観光で訪れ、須崎に魅せられた人がリゾートマンションや空き家を買い、移住してきた。その多くは東京、横浜などの海好きな人達で、中には須崎に在住5年目で船を持ち「漁業権」を獲得した人も出てきた。さらにコロナ禍を避けようと、関東圏から移住してきた子育て世代がオンラインや雑誌などで地元の食や自然環境を発信するなど、旧住民と新住民との交流も新たに生まれている。一方で海女をやりたいと、空き家を借りた人には、漁撈活動を認めていない。2020年、須崎地区の人口は1,384人、戸数は659戸。その内の40%近くが区費(町内会費)を納めていないと区長は心配する。須崎は今、長年漁業に従事してきた旧住民と漁業とは全く接点を持たない、あるいは持てない新住民とが共存する海つきの集落に変わろうとしている。

(文責:齋藤典子)

[参考資料]

水産庁Webサイト「漁業権等について」

2021年度 下田市須崎地区の春漁調査と台湾東北角での海女の石花菜漁の撮影報告

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