2019年度 春季台湾調査
日程:2019年3月25日(月)〜4月1日(月)
調査先:台湾台北市、基隆市、新北市貢寮区龍洞、新北市貢寮区和美、新北市貢寮区澳底
調査者:藤川美代子、齋藤典子、新垣夢乃、許焜山、沈得隆、藍紹芸
2019年度春季調査は、2018年度夏に調査を行なった新北市貢寮区澳底地区から、北部浜海公路を東北に3km程離れた新北市貢寮区龍洞に拠点を置き行なった。今回の調査は、日本メンバー(藤川、齋藤)と台湾メンバー(許、沈、藍)が共同で調査を進めた。
その結果、実質5日間と短期間ではあったが3つの点で収穫を得た。 (1)昨夏は季節的にほとんど見る事ができなかった台湾漁民が潜水漁で行う藻、貝、棘皮動物の採取状況を参与観察する事ができた (2)採藻者から直接買い付けた仲買卸人が藻類を製品に加工する工程を参与観察できた (3)台湾の地先の海における「漁業権」とその施行実態についてである。以下にその概要を記したい。
1) 龍洞で鹿角菜を採る卑南族の家族
■ 採ったばかりの鹿角菜 ニンニク、唐辛子、酢、醤油で涼拌にして食べる ■ 海木耳(モンニー)を頭から被っておどけるプユマ族の女性
炎天下、龍洞海岸で女性2人、男性1人のグループが作業しているところに出会った。若い頃、潜水夫として日本へ出稼ぎに行ったという男性(57歳)は、午前と午後の4時間、深さ10m〜15mまで潜り、1日で鹿角菜(その形から蜈蚣菜ともいう)を50斤(30kg)収穫した。女性は男性の妻と姉で、鹿角菜の根やゴミを取り除き、ハサミで食べやすい大きさにカットしてから、レストランに卸す。男性は、天気の良い日は毎日潜り、単価の安い石花菜は採らず、3月から4月初旬は、鹿角菜だけを採る。卸売価格が1斤60元のところをさらに一手間かける事で付加価値を付け、1斤120元で卸す。
彼らは台東地域の原住民プユマ族(Puyuma、漢字表記:卑南族)の出身。若い頃に故郷を離れ、「海の仕事が有ればどこへでも出掛け、何でもやってきた」と話す。昨夏の調査で漢族の「アマ」から“原住民が自分たちの海岸に寝泊まりして勝手に漁を行う”と、愚痴にも似た言説をたびたび耳にしてきた筆者にとって、後述する「漁業権」の問題と併せ、今後の調査の糸口となる出会いであった。
2) 採った石花菜(テングサ)を製品に加工するまで
■ 工程② 採取したテングサを水洗いする ■ 工程④ テングサを叩きつけるように撒く。一面赤い絨毯が敷かれたようなテングサ干し
工程⑥ ごみや貝殻を取り除く
龍洞では、我々が到着した3月26日(旧暦2月20日)には、テングサ漁がすでに始まっていた。同地区には現在、アマ(海士・海女)漁を行う漢族は10人程だが、テングサの仲買業者は、把握するだけでも5-6軒ある。その多くは、60代、70代の高齢者夫婦である。若い時は自ら採取していたが今は原住民が採藻したものを購入、加工して、自分たちの店で販売や卸売をする。
3月28日に行なった製品化の工程をたどると、①原住民から午前中113斤、午後に240斤の計353斤(211.8kg)を購入。購入価格は1斤30元前後である ②テングサを大きな水槽に入れ、水に浸け、洗う。水を大量に使う為、山から引いた湧き水を使っている ③水で濡れたテングサを手押し車に載せ、海岸の堤防近くの干し場に運ぶ ④テングサを大きなザルに移し替え、コンクリートの床に叩きつけるように撒く ⑤カラカラに干し上がったら熊手でかき集め、絨毯のように巻き取る ⑥干した後、ごみや貝殻を取り除く ⑦その後、数日間、赤紫色のテングサが白く脱色されるまで、5〜6回水に浸けて洗い、干すという作業を繰り返す。
このようにテングサ加工は重労働かつ手間のかかる作業であり、その工程は日本のそれと大差がない。加工したテングサは、1斤あたり350元で販売されるが、テングサは乾燥すると1/5に収縮するため、販売価格は、仕入れ価格の2.3倍になるだけである。加工の手間を考えると、品質の良いテングサを量産しなくては、利益は見込めない。
3) 台湾の採藻者と「漁業権」
これまでの台湾調査で筆者は、採藻に関する「漁業権」について「アマ」に質問を重ねてきたが明確な答は、得られぬままであった。しかし、新垣さんから寄せられた「新北市専用漁業権—歴史核發資料各縣市相關資訊—」(https://www.fa.gov.tw/)情報によると、漁業會が持つ漁業権には、以下の規定があることが判明した。
(1)採藻漁業の入漁期間は、石花菜は4月16日〜9月30日。紫菜は、1月1日〜9月30日である (2)漁場の海域は、各漁業會で規定されている (3)規則違反者は漁業法に従い、3万元以上15万元以下の罰金が課せられる。
しかし、今回の調査で和美、龍洞地区では、規定よりも1ヶ月早い、3月20日から石花菜(テングサ)漁は始まっていた。それに対し、住民女性は、「政府が定める禁漁期間は知っているが、その前に採る人が多いため、見て見ぬふりをしている。また最近は、昼間は採らずに夜電気をつけて採っている人も多い」と語る。漢族の採藻漁業者と原住民との漁場を巡る確執だけでなく、禁漁期間を守らないという漁民のモラル意識の欠如が問われる実態である。
「漁業権」規定を尊守する慣習は、日本の漁業者にとっては当然の義務として永年維持され、結果として資源保護にも繋がってきた。今後の調査では、海洋資源の共有意識を含め、台湾の漁民意識についても調査を進めてゆきたいと考える。
(文責:齋藤典子)