東アジアの伝統的木造船建造および操船技術の比較研究
中国木造船調査
日程:2016年2月29日(月) ~3月10日(木)
調査先:中国福建省泉州市・福州市、上海市、浙江省舟山市
参加者:小熊誠、前田一舟、越來勇喜、廣瀬直樹、昆政明、織野英史、出口晶子、王蕾、姜婧
展示船の聞き取りと実測作業。(泉州海外交通史博物館)
制作中の模型を前に説明する張国輝氏(左)。(泉州)
今回の中国調査は前半の福建省泉州市・福州市および上海市調査に前田一舟・越來勇喜・廣瀬直樹が参加、後半の浙江省舟山市調査に織野英史・出口晶子が参加した。小熊誠・昆政明・王蕾は全期間参加し、通訳として姜婧も全期間同行した。
飛行機便の都合で、29日は上海に宿泊、泉州市には翌3月1日に入った。当日は泉州海外交通史博物館において名誉館長の王連茂先生の迎えを受け、館内の展示資料の説明と3月2日の調査予定について打ち合わせた。その結果、博物館の展示木造船を実測する班と、船大工張国輝氏工房を調査する2班に分かれることとした。
3月2日は博物館には廣瀬・昆・王の3人が残り、廣瀬が実測、昆と王が立ち会ってくれた博物館の林瀚氏から木造船に関する情報を聞き書きした。同班は作業終了後、同氏の案内で宋代の発掘船を展示している泉州湾古船陳列館の調査を行い、大型船の隔壁構造や外板の接合状況について林氏から詳細な説明を受けた。張国輝氏工房には小熊・前田・越來が参加し通訳として姜が同行した。ここでは泉州海外交通史博物館名誉館長の王連茂先生と同館長の子息で木船調査を行っている閩南師範大学王亦錚先生の案内により、主に沖縄と関係の深いマーラン船に関連して造船方法や装飾、儀礼に関する聞き取りを行った。また、当日の晩の情報交換会には泉州海外交通史博物館の丁毓玲館長も出席され、次年度にも博物館所蔵木造船の実測調査等に関する協力をご快諾いただいた。
図を書きながら造船工程を説明(福青沃造船所社長陳楊坤氏)
上海中国航海博物館での情報交換会
船大工道具の実測作業。説明する岑武国氏。(舟山市普陀岑氏木船作坊)
3月3日は泉州市から福州市に移動し、福建師範大学の謝必震先生、陳傳興先生、徐斌氏の御料力(ご協力)により福青沃造船所を調査した。この地域は牡蠣、アワビ、昆布、ワカメなどの養殖が盛んで、それらに使用する木造船が現在でも多数稼働している地域である。福青沃造船所はそれらの修理を盛んに行っていた。ここで修理されているのは、養殖作業に使用する一番小型の舢舨(サンパン)とこれより大型の養殖品の運搬用、これより大型の網漁船の3種類の修理が行われていた。ここでは、3日4日の二日間にわたって調査をお願いし、小型の舢舨を1艘実測すると共に、造船所の大まかな配置図の作成も行った。また、修理の中心は水漏れを防ぐ充填材の更新で、この作業については作業方法、用具等について実際に作業を体験させていただきながら調査した。また、造船所の社長陳楊坤氏より、造船技術について概略の説明があったが、来年度調査時に事前に設計図面を作成し、それをもとに詳細な説明をしたい、とのお話しがあり次回を期することとした。
3月5日は福州市から上海市に空路移動し、上海中国航海博物館を調査した。上海海洋大学の韓興勇先生・宁波先生の案内により、上海市にある中国航海博物館における展示資料の調査を行った。この博物館は実物資料と模型により、古代から現代までの船舶の歴史を展示している。造船工程や中国船の特徴である隔壁の解説などが参考となった。また、周群華副館長はじめ各分野担当者の方々との情報交換会が行われ、今後木造船に関する情報交換等の相互協力が提案された。
3月6日には前田・越來・廣瀬が帰国、新たに織野・出口が合流して上海より浙江省舟山市に移動した。
3月7日と8日の午前は、浙江海洋学院人文学院院長王頴先生の協力と同于洋先生の案内で、中国の歴史的木造船の復元建造も行っている舟山市普陀岑氏木船作坊を訪問し、副社長岑武国氏に対応していただき建造中の木造船の部材を型どりする原図場の作業状況を調査した。また、完成した木造漁船や復元船模型等の調査を行い、木造漁船の中央断面図の作成も行った。織野は特に工場内に保管されていた艪と櫂、および船大工道具の実測図作成を行った。
午後は舟山市博物館の展示室において、2分の1で復元された木造漁船の建造状況模型を詳細に観察した。その後、浙江海洋大学の新しく整備された展示室を見学した。パソコンを多用した展示が斬新であった。
3月9日は当初予定に無かった舟山市の錢氏模型展示室を訪問し、復元模型製作者錢興國氏に模型製作と艪の縮小模型製作につい話を聞くことができた。9日午後には上海に移動し10日には帰国の途についたが、今回の調査では、日本と中国の船体構造の違い、建造方法、特に防水技術の違いとそれに関連して船大工道具の種類と使用方法の相違など、様々な問題点が把握できた。来年度調査では、今年度調査で明確になった課題の解明に努めたいと考える。
(文責:昆政明)
沖縄の木造サバニ漁船の実地調査
日程:2016年1月15日(金)~1月18日(月)
調査先:沖縄本島南部~東部沿岸漁港、うるま市立海の文化資料館、平安座島、津堅島、奥武島ほか
調査者:出口正登
今回は競漕用ではなく、現役の漁船として使われている木造サバニに絞って調査した。
■ 写真1 那覇空港近くの瀬長島の浜には何艘かのサバニが残されていた。その1艘は完全に木造船であり、すでに現役としては終わりに近いものの、エンジンが載り、架台もあって最近まで使われていた船と推測される。2016.1.15 ■ 写真2 うるま市・津堅島の、集落とは離れた東海岸の港にあった2艘のサバニ。この2艘は現役で使われていて、エンジンも新調された船である。西海岸の港にも競漕用サバニとは別に現役船が1艘ある。同島調査は、うるま市立海の資料館の前田一舟氏に同行いただいた。2016.1.16
■ 写真3 うるま市・宮城島の木造サバニ。これもFRPコーティングされてはいるが、現役船である。向こう側は狭い水道によって離れている平安座島の米軍燃料タンク群である。2016.1.17 ■ 写真4 南城市・奥武島の木造サバニ。ここでは木造・FRPの漁船が多く使われている。この船は昨年来たときにもあり、現役船として手入れがされている。2016.1.18
2015年2月にひきつづき、沖縄本島一帯の木造船文化に着目し、写真による調査記録を実施した。沖縄各地では、海神祭やハーリー競漕が盛んであり、木造サバニは今も糸満や平安座などで建造されている。竹釘やフンルー(フンドゥ)と呼ばれる木製カスガイが使われ、日本のなかでも伝統の木造船技術がもっとも伝承されている地域のひとつである。しかし漁業に使われる木造サバニとなると、圧倒的に現役船の数は少なく、昨年2月調査では、その利用実態を詳細につかんでおくことが急務と判断された。
そこで2016年1月の本調査では、沖縄本島沿岸の南部から東部を中心に瀬長島や奥武島、平安座島、宮城島、伊計島、浜比嘉島といった現在架橋でつながった島嶼部を含め、沿岸漁港を現地調査し、さらにうるま市の津堅島にも渡って木造サバニの残存状況を撮影記録した。津堅島はモズクの栽培漁業やニンジン栽培が盛んで、島の学校の卒業記念にはサバニをこいで島をまわる行事が続けられてきたという。人口500人に満たないが、ハーリーの名手も多い。ここでは3艘の木造サバニ漁船が、現役で使われていた。
全般に沖縄でも生業と木造船技術の結びつきは薄れている。港にサバニはあってもすでに使われていない船が多いものの、詳細に観察すると想像以上に現役船として残っていることがわかった。綿密な調査をすればさらに確認できるだろう。今後サバニ帆船レースやハーリー競漕に特化した木造船技術は進化し、かつ継承される道があるだろうが、漁船としての木造船技術は継承されていかない可能性が高い。したがって漁業における木造サバニの操船方法や使われ方の実態を記録できるのは今しかない。今後も継続して映像記録する必要性が高い。
(文責:出口正登)
平成27年度 第1回共同研究会
日程:2015年6月20日(土)~6月21日(日)
場所:神奈川大学日本常民文化研究所
参加者:小熊 誠、織野英史、昆 政明、出口正登、廣瀬直樹、王 蕾
共同研究会
まず昆より昨年度実施した中国予備調査の概要説明があり、それを踏まえて今年度の調査計画を検討することとした。概要報告では調査日程に従ってスライドを使った報告が行われた。
その内容は上海市の中国航海博物館には、宋代の木造船の実物大復元を中心に発掘資料と模型により、古代から現代までの船舶の歴史を展示しており、内水面用の漁船が実測可能の状態で展示されている。浙江省福州市近郊の漁村には稼働中の木造船を専門とする造船所があり、常時船体の修繕を行うと共に新造も行っているとのことで、船大工道具、船材の間を石膏と麻、桐油等で練り合わせた充填材の製造場所などが整っており、造船工程と共に造船施設の調査も可能である。同泉州市には泉州海外交通史博物館があり、同博物館では展示している木造漁船と船大工道具の本格的な写真撮影と実測が可能である。
また、宋代の発掘船を展示している泉州湾古船陳列館があり、ここでは隔壁構造や船体外板の接合法などが参考になる。
泉州市郊外において船大工の経験を生かし木造船の模型を制作している工房では、伝統的木造船の構造建造工程等の聞き取りが可能である。上海市の南、杭州湾にある浙江省の舟山群島舟山市には現在も木造船を盛んに建造している造船所があり、中国の歴史的木造船の復元建造も行っている。ここでは多くの木造船を連続して建造しており、各建造段階の船体を同時に調査することが可能である。
この報告に対し、織野より以前自身が調査した内容のスライド説明があり、造船用具や水漏れ防止の充填材および充填具、艪をはじめとする推進具について報告があった。特に、昆の概要報告にもあった舟山群島については2001年に調査しており、現在では見られない多くの木造船が報告された。これからの調査結果を合わせることでより大きな成果が期待できる。
検討の結果、今年度の調査地は浙江省舟山群島と福建省福州市、泉州市の2地域とし、調査時期は今後、現地協力者と連絡の上決定することとした。また、廣瀬より富山県氷見市立博物館において10月から11月にかけて特別展「『とやまの船と船大工』—船が支えた人びとのくらし—」が開催されるとの情報提供があり、次回の共同研究会をこれに合わせて開催できないか検討することとした。
(文責:昆 政明)
中国予備調査
日程:2015年3月24日(火)~3月31日(火)
調査先:中国福建省福州市・泉州市、上海市、浙江省舟山市
参加者:小熊 誠、昆 政明
福州市近郊の漁村に係留された木造漁船
福州市近郊の造船所で修理中の木造漁船
(充填材を打ち込んでいる)
24日は上海海洋大学の韓先生の案内により、上海市にある中国航海博物館における展示資料の調査を行った。この博物館の中心は宋代の木造船の実物大復元で、長さ31m、幅8.2m、日本の1000石積弁才船とほぼ同じ大きさである。この博物館は実物資料と模型により、古代から現代までの船舶の歴史を展示している。造船工程や中国船の特徴である隔壁の解説などが参考となった。
25日は福建省の福州市にある福建師範大学の謝必震先生、陳傳興先生の案内により福州市周辺の漁村における木造船と福青沃造船所の調査を行った。この造船所の社長である陳楊坤氏によると、この地域では現在も動力を搭載しているが、伝統的構造の木造漁船が多く使用されており、漁港に係留されている木造漁船の写真撮影を行った。造船所では盛んに木造漁船の修理を行っていた。新造も行うとのことであったが、新造は乾燥する7、8月に行うので調査時には新造は行われていなかった。ここでは木船にFRPを貼り付ける作業も行っていたが、船材の間を石膏と麻、桐油等で練り合わせた充填材の打ち込が作業の中心で、一部外板の張り替えも実施しており、隔壁や船首部分の構造など内部構造を観察することができた。
26日は福州の南にある泉州市に移動し、泉州海外交通史博物館名誉館長の王連茂先生の迎えを受け、同博物館の展示資料の写真撮影を行った。同博物館も実物資料と模型により中国の船舶発達史を展示しており、本調査においては展示している木造漁船と船大工道具の本格的な写真撮影と実測を行う許可を得た。次いで王名誉館長の子息、閩南師範大学王亦錚先生の案内で宋代の発掘船を展示している泉州湾古船陳列館の写真撮影を行った。ここの博物館は近年改装工事を終了しており、出土船と共に宋代の海運に関する展示も行われており、参考になる点が多かった。
泉州海外交通史博物館の展示木造漁船
舟山市普陀岑氏作坊で建造中の木造漁船
(肋と隔壁構造が分かる)
27日は王先生お二人の案内で船大工の経験を生かし木造船の模型を制作している張国輝氏の工房を訪問した。ここでは制作中の木造大型船模型の写真撮影と、実船造船時における船材の接合方法等や帆装について調査した。
28日は高速鉄道により泉州市から浙江省寧波市に移動し、浙江海洋学院の于洋先生の出迎えを受け車で舟山群島舟山市に入った。
29日は于洋先生の案内で中国の歴史的木造船の復元建造も行っている舟山市普陀岑氏作坊を訪問し、建造中の木造漁船や復元船、模型、船大工道具等を写真撮影した。この造船所の社長は岑国和氏で中国の伝統的造船技術の保持者として認定を受けている。氏の父親も船大工で、彼のお宅も訪問し造船の技術的な点についてお話を伺った。
30日は浙江海洋学院人文学院院長王頴先生を訪問し、今後の調査協力と研究交流について話し合い、積極的協力を約束していただいた。
今回の予備調査では各地の関係大学、博物館の協力により、効率的な調査を行うことができた。次年度に予定されている本調査においても今回同様の協力を約束していただいた。本予備調査では、日本と中国における木造船の船体構造や船材の接合方法、帆装等を中心に調査したが、今後は艪を中心とする操船法、漁船として使用する際の操業方法等についても調査していきたいと考えている。
(文責:昆 政明)
第2回共同研究会・沖縄調査
日程:2015年2月7日(土)~2月10日(火)
訪問先:沖縄県・うるま市海の文化資料館・越来造船、本部町海洋博公園海洋文化館
参加者:織野英史、越來勇喜、昆 政明、出口晶子、出口正登、廣瀬直樹、前田一舟、新垣夢乃
サバニの舷側板。フンドゥと竹釘で接合している
(うるま市立海の文化資料館)
7日沖縄県うるま市立海の文化資料館において第2回共同研究会を開催し、調査の主体を造船技術と船大工道具および操船用具、操船技術におくことを再確認した。その手がかりとして、本土と沖縄の特徴について文化資料館所蔵資料を実見しながら情報交換し、特にマーラン船に関わる建造技術と沖縄のサバニ、北陸のオモキ造りの船材接合に使用する木製楔(フンドゥ・チキリ)について重点的に調査することとした。マーラン船は中国福建省との関係が深いと考えられるので今後現地調査を含めて調査方法の検討を行うこととした。
8日は海洋博公園内の海洋文化館に展示されている伝統的木造船の写真撮影を行った。その後大宜味村屋古においてハーレー船の保管状況、東村川田で山原船(マーラー船)の寄港地の写真撮影を行った。また、名護市大浦のわんさか大浦パークに保管されているハーレー船の写真撮影と舵の実測を行った。
越来造船で建造中のマーラン船と越來治喜氏
9日はうるま市平安座の合資会社越来造船において建造中のマーラー船と完成した沖縄テンマの調査を行った。越来造船の越來治喜氏は現在マーラー船建造の唯一の伝承者で、現在建造中のマーラー船はごく小型で動力も搭載する予定のものであるが、構造の基本は伝統的様式に基づいたものであるという。ここでは、マーラー船建造に関する基礎的な事項の聞き書きと、氏が使用している船大工道具について実測を行った。マーラー船の構造は中国式の構造の影響を受けたものと考えられているが、隔壁が設けられていないなどマーラー船独自の構造となっている。今後はその構造や建造工程を詳細に記録し、和船構造との関連についても考察したい。また、この後うるま市立海の文化資料館において、越來氏寄託の船大工道具およびサバニの調査を行った。
10日は糸満市の糸満海人工房・資料館において、サバニと各種漁労用具の調査を行った。
今回の調査は沖縄在住と本土在住の研究者の共同調査として実施し、特に船材の接合における木製楔のあり方についていくつかの知見が得られた。具体的には沖縄ではフンドゥ、本州の日本海沿岸でチキリ(リュウゴ)の共通性と使用方法の相違点に注目した。一例を上げれば、チキリの場合は船材の中にタタラと呼ばれる平らな木製部材を挿入するのに対し沖縄のフンドゥでは入れない。また、鉄釘に対し竹釘が使用され、それを挿入する穴開け用具は中国で用いられる用具と近似しているなど、今後の調査における留意点を確認できた。
(文責:昆 政明)
平成26年度 第1回共同研究会
日程:2014年9月27日(土)~9月28日(日)
場所:神奈川大学 日本常民文化研究所
参加者:小熊 誠、織野英史、越來勇喜、昆 政明、出口晶子、出口正登、廣瀬直樹、前田一舟、新垣夢乃
まず小熊より国際常民文化研究機構のコンセプトと本研究の申請に至る経緯の報告があり、次いで事務局の越智より各種申請報告等の説明があった。研究グループの初会合であることから、自己紹介をかねて各メンバーから、これまでの研究内容と本研究に対する考えをコメントした。小熊より調査地域を日本と中国および台湾とし、韓国については機会を改めて考えたいとの説明があった。今年度は第2回の共同研究会をかねて、中国との関連が深い沖縄の調査を実施することとし、中国の共同調査は次年度以降とすることとした。中国の調査地について各メンバーから情報、要望が出されたが、小熊より沖縄と交易や造船技術において関係が深く、地元研究者の協力が得られる福建省福州、泉州を調査候補地とする提案がなされ、今年度中に予備調査を行うこととなった。なお、中国の調査地についてはさらに情報収集を行い、特に現在でも木造船建造が行われている造船所の確認に努めることとした。
ついで、神奈川大学3号館に開設された展示スペースの企画展示室で開催中の「近藤友一郎和船模型の世界」や実物大断面模型を見学するとともに、同館地下2階の収蔵庫に収められた旧近藤和船研究所の資料をもとに、和船の構造や建造過程、造船技術、船大工道具等の情報交換を行った。
(文責:昆 政明)