共同研究

民具の機能分析に関する基礎的研究

民具の機能とは—形態学からの見直し— 

1 .共同研究の目的

2017年6月19日/共同研究の第1回研究会では、造形作家・日本身体文化研究所主宰の矢田部英正氏を招いて、民具と人間の「身体技法」とのかかわりについてお話を伺った(公開講演「坐り方と椅子のデザイン~身体技法論をめぐって」/於:神奈川大学日本常民文化研究所)

 わが国の博物館で「民俗資料」「民俗文化財」「生活用具」「民具」の類は、アチック・ミューゼアムが示した「民具蒐集調査要目」や文化庁の民俗文化財の「調査収集の手びき」が示した「用途別」もしくは「分野別」の分類が広く採用されてきた。生活の場面ごとに整理するこの分類方法は、収蔵や展示でも、分かりやすく、それなりに有効と判断されてきた。しかし、この分類に沿う資料整理や研究には適していても、見落とされている分野もあり、資料の形態や素材、機能に注目して研究を行おうとすると、めざす資料が分野間に分散し、横断的な検索が求められ、全分野を確認し直さなければならないことになる。さらに全国の博物館から目的の民具を探索しようとすると、多様な方言の壁に阻まれ、同一種と思われる民具の把握が困難だった。この課題は、実は民具研究が始まった渋沢敬三の時代から指摘され、「民具の標準名」いわば「学名」の設定がひとつの解決方法だと考えられていた。しかし、2009年から5か年にわたり国際常民文化研究機構の共同研究「民具の名称に関する基礎的研究」でこのことを再検討し、認知言語学などの成果から、自然物の学名と同じようなレベルでは、人工物の種類を特定し、厳密な概念を与えることは不可能であることが明確になった。それでも、私たちは日常生活で道具に一定の種類を見出し、一定の範囲で共通名を与えて生活していることをどう捉えるのか。そこで先人たちがいかに「民具」を捉えてきたのかを根本的に見直そうと考えた。概念としての名称に頼らず、個体がもつ「形態」や「機能」から個別の民具を見直し、共通する形態と機能の要素を抽出して、その組み合わせで民具の多様なあり方を見定める方法を開拓することをめざした。国際的な比較研究でも「言語の壁を超えて対応が可能な分類基準・検索手法」が必要になるに違いないと考えた。
 かつて、宮本常一『民具学の提唱』(1979年)が示した「民具の機能」の分析手法は、ほとんど未完成のまま今日に至っている。これを再検討し、人類に共通する身体機能の延長としての「民具の機能」のあり方と、民具の形態を構成する要素を見定める視点を重ねて、新たな民具の読み方を開拓することをめざした。

2 .共同研究の具体的方法と成果の総括

2017年9月30日/共同研究の主要な分析対象とさせていただいた富山県の「砺波の民具」のコレクションについて、聞き取り調査を実施。このあと、あしかけ4年にわたり「民具の機能と形態」の観点から、個別の資料について見直す作業を試みることが実現した(於:砺波民具展示室)

2018年10月22日/前回2月に訪問したベトナム・フエ科学大学歴史学科の協力のもと、フエを拠点に5つの村を訪問し、民具を形態から捉える見方を確認しつつリストの充実を図った。写真はタン・トアン農業博物館での計測調査

2021年3月6日/本プロジェクトの成果報告会となった第8回共同研究フォーラム「形を読む~民具の形態学事始め~」をオンラインで開催。約100 名という多数の参加をいただいた。画面左上から、眞島俊一・川野和昭・佐野賢治・山田昌久・鍋田尚子・佐々木長生・三橋光太郎・神野善治・安ヵ川恵子の各氏(主催:神奈川大学国際常民文化研究機構)

 日本の民具のあり方を、形態と機能から総覧するには、どのような形態の民具がどのように機能していたか、実在するものを基礎資料に分析するのが適切であると考えた。さまざまな民具の情報を観念的にとらえるのではなく、個別の民具がどのような形態をもち、人がどのように使って、どのように機能したのかを、すぐれたコレクションのデータの個別資料のデータに基づき、積み上げて分析することにした。幸い日本各地にはすぐれた民具が集積され、国指定の重要民俗文化財は200件以上、その総数は35万点ほどになる。今回は、そのなかから富山県の「砺波の生活・生産用具」(総数6,900点:生活用具3,202点・生産用具3,698点)に注目した。特定の生産分野に限定したコレクションが多いなか、砺波の場合は、農業を中心にした生業と、衣食住の生活全般にわたるコレクションであり、砺波地方は日本のほぼ中央部に位置し、日本の民具の平均的な位置づけに足ること、そして何より『砺波の民具─砺波郷土資料館収蔵民具写真目録─』(2006年)という600頁に及ぶすぐれた図録が存在する。資料整理に10数年を費やした労作で、所蔵民具のうち約3,500件(総数約5,500点)について、すべて1点ずつの写真と基本データが備わっている。また、展示施設・収蔵施設でほぼ常時公開されて、ほぼ全収集資料を自由に確認できるのも大きな魅力であった。
 3年間の研究期間で、このコレクションから「形態」と「機能」に着目したデータの抽出をやり遂げることを目標に、この作業に主要なエネルギーを注ぎ、そこから導き出された形態と機能の項目を、共同研究メンバーの地域的な個別研究と重ねるという方式をとった。
 また、共同研究としては、次のような事業を実施した(写真参照)。1年目には身体技法論を学ぶ公開講演会、「砺波・氷見民具調査」「米沢民具調査」「箕サミット」への参加。2・3年目には「ベトナム民具調査」、また「佐渡民具調査」で「砺波の民具」との比較および補完作業も実施した。そして2021年3月に成果報告会「第8回共同研究フォーラム『形を読む~民具の形態学事始め~』をオンライン開催し、約100名の方々にご参加いただいた。
 約3,000点の「砺波の民具」から「形態と機能」を抽出する作業からは次のような成果を得た。形態と機能が共通する民具群から典型例を1点ないし数点選んだ結果、約1,200件が抽出され、その個別の形態を読み取り、機能を書きだす作業を行った。このとき「形態」も「機能」も、どのレベルで、いかに把握するかということ自体が難問だった。試行錯誤を繰り返し、いくども最初に戻りつつ、全体についてある程度の試案を示すことができた。詳細は『国際常民文化研究叢書』第14巻にまとめたとおりである。形態に関しては素材の硬軟で2分し、基本的な形態要素の組合せで捉えることで、硬質のものが約80種類(棒状・板状・箱状など)、軟質のものは約30種類(縄状・帯状・布状・マット状・袋状など)の合計約110種類が浮かびあがってきた。
 機能については、まず「民具の機能」とは何かを問い続けた。今のところ「人間が暮らしの必要のために、それを用いて対象に働きかけ、対象の性状に何らかの変化を与える働き」と考えている。「砺波の民具」からは、農具や漁具などの「捕獲・採取」を目的にした機能や、包丁や鋸など対象を「加工」する機能、あるいは椀や籠、甕や壺など対象物を「収納」「支持」する機能、さらに看板・絵馬・御幣のような象徴的な機能などの多様な機能が抽出されてきた。しかし、たとえば農具の「鍬」の「機能」は何かといえば、田畑の土を「耕す」という総合的な働きをするが、具体的な機能は、掘る・穴を穿つ・打つ・搔く・掬う・均すなど、極めて多様な機能を果たす。逆にひとつの「掘る」機能を果たす民具は、鍬のほかにもいろいろ使い分けられている。そのように個別の民具の機能をリストアップして整理することで、把握(把捉)・加工(加撃)・組立・選別・収納支持・移動運搬・光熱・化学・情報象徴の8系統にわたり約90種類を抽出できた。以上の項目別一覧表を報告書に示し、付録CD に「砺波の民具」から抽出した約1,200件のエクセルデータも添付した。

3 .今後の課題

 本研究では、ひとつの地域の民具コレクションから、民具の形態と機能を考える基準になりうる項目を帰納的に抽出する作業を行うことができた。今後は、生活環境や生業のあり方などの異なる地域や分野のコレクションの分析を重ねることで、日本の民具を構成する形態や機能の基本的要素が出そろってくることで、より汎用性がある検索項目に整うことを期待している。民具の形態や機能の多様性は無限に広がっているように見えるが、その基本要素は、身体能力や環境のあり方に制約されて、案外、限定された範囲のものではないかと想像している。頭で考えるのではなく、先人たちが生み出し、継承してきた現実の民具の集積から分析する作業を通して、民具の形態と機能(人ともの)の複雑な関係、進化の過程もある程度まで理解することが可能になることが期待される。そのためにも、検討する個体情報の充実度が肝心になる。今後の分析には、形態情報としては究極的に実測図レベルのデータと、詳細な聞取りや映像データなどがそろった資料が、力を発揮するに違いない。これまで、具体的な活用がなされてこなかった地道な民具調査の蓄積が生きてくる日が来ると確信する。さらに今回の試みが、海外の民具や考古学の出土資料とも重ねられて、日本の民具研究が世界の物質文化研究を大きく展開させる日が来ることも夢みている。

(文責:共同研究代表者 神野善治)

■ 2020 年度の活動
○ 成果報告書に関する編集会議・作業 2021年9月14日 神奈川大学国際常民文化研究機構 
神野善治・山川志典・山田昌久
○ 成果報告書に関する編集会議・作業 2021年9月18日 神奈川大学国際常民文化研究機構 神野善治・山川志典
○ 第8回共同研究フォーラム「形を読む~民具の形態学事始め~」(オンライン開催) 2021年3月6日 
神野善治・山田昌久・安ヵ川恵子・鍋田尚子・三橋光太郎(グラフィック・デザイナー)・佐々木長生・川野和昭・眞島俊一・佐野賢治・山川志典・宮本八惠子
○『民具の機能分析に関する基礎的研究』[付録CD 付]国際常民文化研究叢書14 2021年3月24日

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