共同研究

戦前の渋沢水産史研究室の活動に関する調査研究

山口和雄による九十九里地曳網漁業調査の追跡調査概報

日程:2016年3月8日(火)~10日(木)
調査先:千葉県旭市、一宮町、九十九里町、御宿町、立川市(国立国文学研究資料館)
参加者:磯本宏紀

 共同研究「戦前の渋沢水産史研究室の活動に関する調査研究」に関連して、平成28年3月8日~10日の間、アチック・ミューゼアム彙報12に山口和雄が執筆した『九十九里旧地曳網漁業』(昭和12年刊)に関する追跡調査を実施した。山口和雄は、九十九里浜地域で昭和11年2月末に約10日間の現地調査を行っており、聞き取り調査と地曳網関係古文書の収集を行っている。このとき、千葉県海上郡矢指村足川の旧網主岩井家や長生郡一宮町原の旧網主浅野家等から多くの地曳網関係古文書や文献を借用している。とくに岩井家から借用した史料群は、天保期から明治後期にかけての1軒の家での時間的に連続した史料であり、「豆州内浦漁民史料」同様に超時代的な漁業経営分析を可能にする史料群であった。また、後に山口和雄が行った富山県の台網漁業とは漁場管理として対をなす、入会漁場で行われる地曳網だったことからも、山口和雄自身の水産史研究においても大きなウェイトを占める調査研究だったといえる。
 今回の調査では、昭和11年当時山口和雄が行った調査の追跡およびその後の地曳網網主の変化、変遷の一端を把握することを主な目的とした。なお、調査日程のうち3月9日は、島立理子氏(千葉県立中央博物館学芸員)にも同行いただいて調査を行った。
 3月8日は、国立国文学研究資料館において旧祭魚洞文庫等に関する文献調査を実施した。祭魚洞文庫旧蔵水産史料のうち、千葉県の地曳網、干鰯等の流通、酒造に関する史料も相当数を同館が所蔵するが、山口和雄が昭和11年の調査時に収集し『九十九里旧地曳網漁業』の執筆において使用した史料(海上郡足川村の岩井家、長生郡一宮村の浅野家等)についてはほとんど確認できない。
 3月9日は、千葉県に移動し、山口和雄の調査地を中心に旭市足川、長生郡一宮町原、夷隅郡御宿町等を巡検および聞き取り調査をした。また、海の家九十九里町内の「いわし資料館」、御宿町歴史民俗資料館、岩瀬酒造の写真展示(故岩瀬禎之氏撮影写真)を見学した。一宮町東浪見の稲花酒造は元地曳網網主でもあり、周辺地域での元網主(浅野家等)の情報を得られた。
 3月10日は、山武郡九十九里町真亀で4代にわたって観光地曳網を営む網主宅での聞き取り調査を行った。その後、旭市足川付近において旧網主岩井家について巡検、聞き取り調査を行った。

(文責:磯本宏紀)

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岩倉市郎のフィールドでの調査概報

日程:2016年2月21日(日)~22日(月)
調査先:鹿児島県大島郡喜界町(喜界町図書館、阿伝集落ほか)
参加者:加藤幸治、安室知、磯本宏紀

写真 1 喜界島阿伝集落遠景 写真2 サンゴ石の石垣が残る阿伝集落内

■ 写真 1 喜界島阿伝集落遠景 ■ 写真2 サンゴ石の石垣が残る阿伝集落内

写真3 聞書きの様子 写真4 岩倉市郎顕彰碑

■ 写真3 聞書きの様子 ■ 写真4 岩倉市郎顕彰碑

 共同研究「戦前の渋沢水産史研究室の活動に関する調査研究」では、平成28年2月21日~22日、アチックミューゼアムに彙報やノートで多くの成果を残した岩倉市郎のフィールドである喜界島(鹿児島県大島郡喜界町)での巡検を行った。現地調査のコーディネートは、小島摩文氏(鹿児島純心女子大学教授)にお願いした。
 2月21日は、喜界町埋蔵文化財センター主事の松原信之氏に調査に同行していただいた。当日朝、喜界島に到着してすぐに喜界町図書館の郷土資料室にて、岩倉市郎および拵嘉一郎に関する文献調査を行った。岩倉市郎の顕彰関係の資料や、島民および全国の喜界島出身者による文集など、現地でしかみることのできない資料を閲覧した。文献の検索等においては、同館司書の米田真由美氏の助力を得た。午後からは、岩倉市郎の出身地でもある阿伝集落を訪問し、郷土史研究家の政井平進先生、元役場職員の得本拓氏より、阿伝集落についてご教示いただいた。成果としては、岩倉市郎が集中的に調査を実施していた昭和10~12年の阿伝集落の状況について聞き取りをすることができたこと、岩倉市郎が翻刻して彙報として出版した資料の現物を調査することができたこと、岩倉市郎の顕彰活動の動向について知ることができたことなどが挙げられる。その後、政井先生の案内によって、阿伝集落内を巡検した。
 翌日の22日は、教育委員会生涯学習課係長の壽満夫氏に、調査に同行していただいた。午前中は、町内で調査中の上増遺跡の発掘現場を見学、中世の喜界島に形成された大規模集落の遺構について説明を受け、その後、喜界町埋蔵文化財センター展示室にて島内の主要な遺跡の代表的な遺物を見せていただいた。午後からは、喜界町立歴史民俗資料館にて民具調査を行った。展示を担当し、喜界島の民俗文化とりわけ喜界馬に造詣が深い高坂嘉孝先生に解説をいただきながら、島の特徴ある民具について理解を深めた。また、町内にある休校の小学校校舎に保管されている民具についても熟覧させていただいた。本プロジェクトでは、来年度にアチックミューゼアム収集の民具(国立民族学博物館所蔵)のうち岩倉市郎が収集に関与した民具の調査を予定している。今回の調査はそのための準備ともなった。
 岩倉市郎は、数多くの喜界島等の写真をアチックミューゼアムに残したことはよく知られている。本プロジェクトでは、彼が彙報やノートに残した仕事が、彼の学問のなかでどのような意義があったのかはもちろん、岩倉と拵の仕事がアチックミューゼアムの水産史研究においてどのような位置にあったのかを考えていく。喜界島では、今回得た人脈を生かしながら、引き続きさまざまな調査を継続していきたい。

(文責:加藤幸治)

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吉田三郎関係資料の調査概報

日程:2016年12月19日(土)~20日(日)
調査先:秋田県潟上市天王追分西、秋田県男鹿市脇本富永大倉
参加者:今井雅之

大倉地区概観(奥の山が男鹿寒風山)

 共同研究「戦前の渋沢水産史研究室の活動に関する調査研究」に関して、共同研究メンバーの今井雅之は吉田三郎に関する現地調査をおこなった。
 19日は三郎が戦後に入植した地、秋田県潟上市天王追分西開拓地にて聞き書き調査をおこなった。吉田三郎はその弟、四郎とともにこの地に入植しており、本調査では四郎の息子にあたる人物に当時のお話を伺った。三郎と四郎は兄弟の絆が強かったが、両者の雰囲気は大きく違っていたという。三郎は己の考えを強く主張する人間であったのに対し、四郎は物腰の柔らかい人間だった。ただし文化人であることは共通しており、両者ともによく歌を詠み、文学作品を記していたことが明らかになった。
 また、追分西開拓では三郎が他の周辺地域に先駆けて乳牛を導入したことが明らかになった。この背景には、三郎が農村青年共働学校で学んだ経験が反映されている可能性があり、戦後の実践に戦前の思想がどのように反映したのかを考えていく必要がある。
 20日には三郎が戦前に暮らした地域、秋田県男鹿市脇本富永大倉にて、戦前の大倉を撮影したアチック写真を見ていただきながら聞き書き調査をおこなった。
 三郎の甥にあたる人物からは、吉田家の来歴や地域の特徴についてのお話を伺うことができた。大倉には地域全体として農業について勉強しようとする雰囲気があったということである。戦前の三郎の生き方を考えるにあたっては、三郎本人の事跡のみならず、それを生み出した地域という視点で捉えていく必要があることを再認識した。
 三郎の本家筋に当たる家の当主からは、本家から見た三郎像を伺うことができた。三郎・四郎は盆正月と冠婚葬祭の際には必ず本家へ挨拶に来ていたこと、三郎と四郎は雰囲気が大きく違ったことなどが語られた。「アチック同人の一人として詳細な生活記録を遺した農民」という研究者の評価とは異なった側面が明らかになりつつある。

(文責:今井雅之)

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アチック・ミューゼアムの筌研究の再検討概報

日程:2016年1月27日(水)~28日(木)
調査先:鹿児島純心女子大学(鹿児島県薩摩川内市)
参加者:加藤幸治

関連資料

 共同研究「戦前の渋沢水産史研究室の活動に関する調査研究」では、2016年1月27日~28日、鹿児島純心女子大学(薩摩川内市)の小島摩文教授を訪ね、アチック・ミューゼアムの筌研究の再検討を行った。
 小島氏は、神奈川大学日本常民文化研究所(以下、常民研)所蔵の筌関係資料の調査を行っており、今回は渋沢水産史研究室の筌調査についての情報交換を同氏とともに行った。具体的には、本共同研究にて撮影した国文学研究資料館(以下、国文研)所蔵の筌関係資料の写真を見ながら、それぞれの資料がどの時期に誰によって作成されたか、他の資料との関係等について検討を行った。
 明確となったのは、国文研のファイルと常民研のファイルが一連のものであること、常民研の筌の民具台帳と収集台帳は国立民族学博物館所蔵の民具と対応する可能性が高いこと、アチック・ミューゼアムの民具収集と水産史研究室の筌の通信調査は交流が無いと思われること、通信調査を集約したデータが国文研と常民研の両方の資料内に存在すること、いずれにしても内水面の漁業技術に対する強い関心がアチック・ミューゼアムのメンバーに認められること、などである。
 今後、こうした点をふまえて、資料の翻刻作業と内容の検討を進めていきたい。

(文責:加藤幸治)

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宮本常一によるテグス調査(大阪市)関連資料追跡調査報告

日程:2015年12月14日(月)
調査先:株式会社大藤つり具(大阪市西区)
調査者:佐藤智敬

大阪市「大藤つり具」本社

 共同研究「戦前の渋沢水産史研究室の活動に関する調査研究」に関して、宮本常一(1907‐81)が昭和17年に実施したテグス調査に関する追跡調査を行った。
 1932年(昭和17)、宮本は渋沢敬三の調査協力として、テグスの調査を行っている。その成果は「兵庫県下釣針およびテグス(虫偏に糸)製造販売聞書」として『宮本常一著作集22』に収録されている。同書によると、同年10月13日に調査の際大阪市のテグス問屋・大藤庄兵衛商店(寛政10年に開店した問屋として紹介)を訪れ、伝わっていた古文書を借用、筆写して紹介している。幕末から明治のテグス仲間についての状態を把握した。同書では「大藤庄兵衛家文書」のタイトルで7点の古文書を翻刻している。渋沢史料館所蔵の渋沢敬三宛宮本常一からの書簡の中にもそれに類する話題が登場する。
 この大藤庄兵衛商店は現在「大藤つり具」と改名し、営業を続けていることが分かり、宮本による調査およびテグス調査の痕跡を確認するための調査を行った。調査に際し、大藤つり具社長・大藤謙一氏、会長・大藤勲氏、顧問・大藤弘氏に集まっていただき、大藤庄兵衛商店から現在に至るまでの話、テグス等の歴史を伺うことができた。
 残念ながら、空襲の被害により、かつての店舗や蔵は焼失し、宮本が借用、筆写したとされる文書資料類についてはもはや伝わっていないということ、また、当時を知る資料等も伝わっておらず、逆にかつて『宮本常一著作集』に大藤庄兵衛商店が掲載されていることを知ったことから自社の歴史を再認識したとのことだった。その意味では、原典が失われた資料が、宮本の調査のおかげで一部残されたといえるだろう。
 先の周防大島文化交流センターの調査からは、著作集に収録された直筆の原稿が残されたのみでそれ以外の資料は見当たらなかった。しかしこの宮本の調査は、渋沢敬三の代理調査の意味合いもあると考えられるため、なんらかの形で筆写原稿もしくは原典が残されている可能性もあるため、引き続き調査をすすめていきたい。

(文責:佐藤智敬)

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周防大島文化交流センター(宮本常一記念館)における資料調査報告

日程:2015年12月6日(日)~9日(水)
調査先:周防大島文化交流センター(山口県大島郡周防大島町)
調査者:佐藤智敬

周防大島文化交流センター(宮本常一記念館)

周防大島 白木山より瀬戸内海を望む

 共同研究「戦前の渋沢水産史研究室の活動に関する調査研究」に関して、宮本常一(1907‐81)に関する調査を行った。
 2007年に生誕100年を迎え、一種のブームともなった宮本は一般にも広く知られた人物であろう。2004年に彼の故郷大島郡東和町(現在は大島郡周防大島町)に宮本常一資料を展示する周防大島文化交流センターが開館し、宮本の撮影した写真や蔵書、調査ノートなどが保管されていることで知られ、本年「宮本常一記念館」の愛称が公募によって決定された。今回の調査では昭和10年代のアチックミューゼアム時代に宮本が行った調査記録類の発掘を中心とした資料熟覧を行った。
 宮本は1939年(昭和14)に、当時居住していた大阪からアチックミューゼアムに入所し、さまざまな調査活動を行っている。アチックに入所した後も戦時中は奈良、大阪等で勤務し、居宅も大阪に構えていた。大阪で空襲にあったため、戦前の調査成果としてのノート、原稿類の大半が失われてしまったとされている。確かに戦前の資料は戦後に比べ少ない。しかしこれまでも『宮本常一著作集』等により、調査成果の一部が残されていることは知られていた。今回はその原典を確認することができた。
 アチックに入所後、昭和10年代の宮本の調査動向を知るものとして、いくつかの民俗調査ノートや、その他渋沢敬三の調査補助として行ったとされる魚名調査の聞書きメモ等が残されていることがわかった。これらの一部は翻刻、刊行されており、個別の調査内容の精査、追跡が必要となるだろう。
 さらに、1932年(昭和17)には渋沢敬三の調査協力として、テグスの調査を行っている。その成果は「兵庫県下釣針およびテグス(虫偏に糸)製造販売聞書」として『宮本常一著作集22』に収録されている。その直筆原稿も確認できた。
 今後の課題として、宮本の(あるいはアチックミューゼアムの)調査手法分析、渋沢敬三の興味関心とアチックミューゼアムメンバーの調査の再検証があげられる。また、今回の調査は昭和10年代につくられた調査成果を中心に行ったが、宮本常一の残した資料は、戦後の漁業制度資料に関するもの、自治体史編さん等膨大であり、その中には戦前のアチックミューゼアム時代の調査成果に関するものもおそらく含まれているだろう。調査の進捗に応じてさらに追加調査を加える必要があると考えている。

(文責:佐藤智敬)

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