共同研究

戦前の渋沢水産史研究室の活動に関する調査研究

未完の筌研究関係資料の撮影

日程:2017年10月23日(月)、11月6日(月)、11月29日(水)
調査先:神奈川大学日本常民文化研究所
調査者:加藤幸治

筌漁の例(和歌山県西牟婁郡上富田町にて加藤幸治撮影)

 2017年10月23日、11月6日、11月29日、共同研究(加藤班)では、神奈川大学日本常民文化研究所にて、アチック・ミューゼアムによる筌研究の関連資料の調査および撮影を行った。
 渋沢水産史研究室は、海付きの集落のみならず農山村における河川や湖沼での内水面漁撈もその射程において調査研究を行っていた。一方、戦前から戦中にかけての民具研究において筌に代表される陥穽漁具をテーマとして資料収集や調査研究を行い、それが未完に終わったことが知られている。アチック・ミューゼアム研究において、筌は水産史研究と民具研究をつなぐ可能性がある重要なテーマであるが、戦後に日本常民文化研究所で行われた筌の継続調査もその全貌を明らかにするに至っておらず、国立民族学博物館に収蔵された民具の調査も一定の成果を見るまでに至っていない。
 本共同研究では、筌に関する研究に資するため、その基礎資料をデータ化して報告書に収録することを目指している。このうち、筌方言調査台帳は神奈川大学日本常民文化研究所と国文学研究資料館が分有していることから、その全体像の把握のための熟覧調査を行った。ファイルは、横筌、竪筌、透明筌のそれぞれの様式に記入されており、基本的には整理された資料である。ただし、これらを集計したり図化したりして、調査内容の詳細な報告書を作成するにまで至らなかったため、関連資料が未整理のままであることがわかった。また、方言調査台帳のもとになる返信は未発見だが、常民研に3冊の発受信簿(昭和13<1938>年)があり、これを調査、撮影した。調査依頼先は2000か所以上あり、筌方言調査台帳は1000件ほどなので、半分程度の回答率だったことがわかる。
 また、この調査の過程で、アチック・ミューゼアムの通信調査の参考となった宮本勢助の調査資料も発見し、これもあわせて撮影を行った。
 本研究の最終報告書には、筌研究関係資料の翻刻を掲載予定であり、神奈川大学日本常民文化研究所と東北学院大学博物館にて、テキスト化を進めるため詳細な打ち合わせを行った。

(文責:加藤幸治)

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戸谷敏之関係資料の調査概報

日程:2017年11月8日(水)~11月9日(木)
調査先:一橋大学経済研究所附属社会科学統計情報研究センター
調査者:今井雅之

戸谷敏之の自筆原稿(小野武夫文書)/クリックにて拡大

 共同研究「戦前の渋沢水産史研究室の活動に関する調査研究」に関して、共同研究メンバーの今井雅之は戸谷敏之関係資料に関する調査をおこなった。
 戸谷敏之は1938年にアチック・ミューゼアムへ入所し、その後「内浦雑考」「大津干鰯問屋仲間」等、肥料に関連する論文を発表した。しかし1944年に戦死したこともあり情報が少なく、研究の意図やその全体像は未だ明らかにされていない。戸谷敏之の名前で刊行された著作物は限られているため、この問題を考えるにあたっては戸谷の師弟関係を考慮した上で周辺の情報を集めてゆく必要がある。
 報告者は2017年3月、一橋大学経済研究所附属社会科学統計情報研究センター所蔵の小野武夫文書を調査し、その文書群のなかに戸谷の資料が含まれていることを確認した。資料は原稿14点、その他行政文書や写真約100点と膨大な数にのぼったため、全点を確認・撮影することは叶わなかった。そこで本出張では、戸谷の筆跡と思われる文献資料全点について撮影をおこなった。資料の中には、アチックから刊行された論文、「近世商業仲間の獨占について—大阪干鰯仲間記録を資料とせる—」の原稿ほか、未発表原稿、草稿も複数存在した。戦時中という時代を反映してか、特に草稿は大小様々な用紙に書き連ねられており、また順不同で束になっているものも少なくない。資料の前後関係やまとまりを把握するためには、より詳細に内容を判読してゆく必要がある。今後の課題としたい。

(文責:今井雅之)

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吉田三郎関係資料の調査概報

日程:2017年10月2日(月)~10月3日(火)
調査先:秋田県大仙市(農業科学博物館)、秋田県潟上市(個人宅)
調査者:今井雅之

自伝小説『我田引水』

 共同研究「戦前の渋沢水産史研究室の活動に関する調査研究」に関して、共同研究メンバーの今井雅之は吉田三郎に関する現地調査をおこなった。
 吉田三郎は自身に関する記録の中で、しばしば農村教育のあり方について言及している。三郎自身、青年時代は実業補習学校へと入学して大きな影響を受けているが、その一方で、実践と乖離するような農村青年教育に対しては批判的な意見も持ち合わせていた。三郎の思想的立場を位置付けるためには、当時の農村青年教育理念との距離を測る必要がある。
 そこで本出張では、三郎が青年時代を過ごした地域の農村青年教育関連施設、天王農業学園関連資料の調査に赴いた。本学園は、戦前に創立された秋田県立青年修練場の跡地に建てられていることから、組織的、思想的な繋がりが予想された。調査の結果、それらの直接的な繋がりを明らかにすることはできなかったが、学園訓や学園歌などから、当地の農村青年が目指すべき姿や理念の一端が明らかになった。
 翌日は三郎の甥にあたる人物のお宅を訪ね、三郎が遺した資料群について熟覧・撮影した。それらの中でも、単行本として出版することがないまま現在に至っている自伝小説『我田引水』は、三郎の農村に対する問題意識を明らかにする上で参考になるものであった。
 今後も当時の時代状況との関連のもとに資料を読み込みつつ、引き続き調査を継続していきたい。

(文責:今井雅之)

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アチックミューゼアム編『瀬戸内海島嶼巡訪日記』に関する調査

日程:2017年9月9日(土)~9月11日(月)
調査先:香川県三豊市志々島、香川県観音寺市伊吹島
調査者:磯本宏紀

写真1 志々島の霊屋 写真2 伊吹島真浦漁港

■ 写真1 志々島の霊屋   ■ 写真2 伊吹島真浦漁港 

写真3 伊吹島沿岸でのバッチ網によるカタクチイワシ漁

 アチックミューゼアム編『瀬戸内海島嶼巡訪日記』は昭和12年5月15日から20日までの6日間で行った、瀬戸内海沿岸(岡山県・香川県・愛媛県)の26島5海浜における調査によるものである。船をチャーターし、アチック・ミューゼアム所属の研究者を含む17名が同行する大規模なものだった。
 今回は、その『瀬戸内海島嶼巡訪日記』の調査対象地の内、志々島、伊吹島の2箇所で追跡調査を行った。9月9日には志々島で聞き取り調査と巡検を、10・11日には伊吹島での聞き取り調査、文献調査、観察調査を行った。それぞれ、『瀬戸内海島嶼巡訪日記』の記述内容とその変化について調査を行った。
 三豊市志々島では、多種の漁法や漁業の変遷、墓制(とくに霊屋と石塔が別の場所に建てられるいわゆる両墓制)について確認した。伊吹島では、漁法の変遷、網元等の状況、現在の漁法について確認した。また、現在バッチ網(船曳網)で行われるカタクチイワシ漁の観察調査を行い、現状の漁法について確認した。

(文責:磯本宏紀)

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