共同研究

戦前の渋沢水産史研究室の活動に関する調査研究

那珂湊におけるイワシ漁に関する調査概報

日程:2018年3月11日(日)
調査先:茨城県ひたちなか市(那珂湊漁港、おさかな市場、ひたちなか市立那珂湊図書館など)、
 同県大洗町(大洗磯前神社)
調査者:星洋和

■ 那珂湊漁港(海門橋から撮影)  ■ 観光客でにぎわう那珂湊おさかな市場

■ 那珂湊にある漁網専門店  ■ 揚繰網の導入を推進した大川健介の顕彰碑

 1948年、財団法人水産研究会の研究員となっていた楫西光速は、「鰯揚操網漁業の経営形態」(『水産研究会報』創刊号)や、ルポルタージュ「銚子港」(『文化評論』第8号)など、イワシ漁に着目した調査・研究を発表している。今回調査者は、この時期の楫西の問題意識や漁業に関する問題を理解するために、彼が「鰯揚操網漁業の経営形態」の中で取り上げた地域の一つである茨城県ひたちなか市の那珂湊地区で調査を行った。具体的には、那珂湊の巡見と図書館での文献調査、大洗町に鎮座する大洗磯前神社での調査である。
 今回の調査では、戦後の那珂湊ではイワシの漁獲高が激減していたということが分かった。「磯のたて網、平磯のサンマ、湊はイワシで囃しこめ」という俚諺に象徴されるように、那珂湊はイワシ漁が盛んな町であった。しかし、戦後にイワシの漁獲高が減少したこと、さらに戦後の食糧難という状況下で、那珂湊ではイワシ漁からサンマ漁への転換が進められていった。そして、それは漁船や漁網の大型化、大型漁船所有者の台頭などにつながっていった。
 イワシの不漁と、それによる漁業や関連産業の変化が街に与えた影響については、楫西の「銚子港」の中でも多く述べられている。戦時中から戦後にかけての漁業が抱えていた問題と、食糧難の問題を押さえた上で、もう一度楫西のイワシ漁に関する著作を読み直す必要があるだろう。

(文責:星洋和)

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