共同研究

熊野水軍小山家文書の総合的研究

鵜殿文書の調査

日程:2019年4月10日(水)
調査先:西宮神社(兵庫県西宮市)
調査者:坂本亮太

西宮神社(外観)

鵜殿文書

 西宮神社において、吉井良尚氏旧蔵文書のうち鵜殿文書6通の熟覧をおこなった。
 鵜殿文書6通のうち3通は、いずれも興国3年(1342)8月29日付けの後村上天皇綸旨(髻綸旨)であり、鵜殿氏が南朝方として活動していたことがわかる史料である。鵜殿氏は当初、本史料のように南朝方であったが、本史料の翌年から北朝方に転身したことが指摘されている(『鵜殿村史』通史編)。紀南武士と南朝勢力との関わりを伝える点で興味深い。
 また、別の3通は武田信玄書状(鵜殿神次郎あて)など、戦国時代の鵜殿氏の活動をうかがうことができる文書である。鵜殿氏(長高家)は、戦国時代に武田氏(とその家臣)に対して、恒例の牛玉・矢の根・祈禱巻数を送っており、熊野御師として活動していたことがわかる。とりわけ、本史料はこれまで影写本のみで紹介されていたが(『鵜殿村史』史料編)、原文書を確認できたことで、翻刻の校訂を行うことができたことは大きな成果である。
 南北朝時代の南朝との関わり、戦国時代における御師としての活動など、安宅氏や小山氏などと比較検討するうえでも、鵜殿氏の事例は重要になってくることが予想される。今後、紀南武士の動向を比較しながら、検討を続けていきたい。

(文責:坂本亮太)

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