共同研究

1-3.環太平洋海域における伝統的造船技術の比較研究

— 共同研究者の連携強化に関わる第4回国際シンポジウムの参加報告 —

日程: 2012年 12 月7 日( 金) ~ 12月10日( 月)
場所: 神奈川大学 横浜キャンバス
参加者: 洲澤 育範

  ~ 第4回国際シンポジウム参加 ~

 私は国際常民文化機構の研究に協力する、舟大工です。大学などで民族学や民俗学の専門的な教育は受けてはおりません。時として研究の対象とされる立場に立つ者として、今回の国際シンポジウムに参加した感想を述べます。
 第1部・民族の交錯は、研究の対象と研究者が同一である報告テーマもあり、無国籍の問題や差別のなかでの共生の方法など、専門的な知識を持たない者にも、分かりやすく、実感しやすく、聴講することができました。また、研究者に課せられた、社会的責任を果そうとする真摯な姿勢に、希望を見いだします。
 合わせて、国立民族学博物館が行う「みんぱっく」の報告は、地方での他民族・多文化理解の初等・中等教育において、多いに役立つと期待されます。
 第2部・ミンゾク研究の光と影は、公開研究会の様式で展開され、専門家による研究・討論の方法を知る事ができました。
 著作権の問題などあるのでしょうが、シンポジウムの様子・ハイライトをインターネット上で動画配信するなど、検討されてはいかがでしょうか? (洲澤 育範)

進捗状況および成果報告一覧はこちら

調査(福井・島根) 【 西部日本海岸での刳舟調査 】

日程: 2012年 11月 27日(火)~ 12月 2日(日)
実施地: 福井県高浜町漁村文化伝承館、島根県隠岐郡焼火神社
実施者: 川田順造

 和船の建造法のうち、刳舟の船底にチキリで側板を接合する方法が、日本では日本海岸の西部に集中して認められることは、石塚尊俊『民俗資料による刳舟の研究 —— ソリコ・モロタ・トモドを重点として —— 』(日本民家集落博物館彙報Ⅲ、1960)によって指摘されていた。
 報告者川田が、日本各地でこれまで行ってきた和船建造法の比較研究のなかで、直接調べる機会がなかった日本海岸西部で、石塚が調査した時期からは残存例が遙かに少なくなっているにせよ、この建造法で造られた船の事例について、実見、計測、写真撮影等を行うことを目的としたのが今回の調査である。

   写真1                     写真2   

写真3

 残存が確かめられた3例のうち、福井県高浜町漁村文化伝承館保管の漁船3艘の1艘【写真1、2】、島根県隠岐郡西ノ島町焼火(たくひ)神社保管のトモド1隻(重要有形民俗文化財)【写真3】については実測と写真撮影を行うことができたが、関連する聞き取りは、もはや不可能だった。高浜町漁村文化伝承館保管の漁船については、同館にこの型の漁船を造るのに用いた船釘の一式が保管されており、今回は短期の強行スケジュールのため、時間がなく調査できなかったが、次の機会にその記録をとるつもりである。
 島根県松江市美保神社に保存されている重要有形民俗文化財(国指定)の諸手船 2隻については、現存するものは、木製のチキリで接合したものでなく鉄の鎹(かすがい)で留めたものであった。それ以前を知る高齢の宮司は、生憎重要年次祭を控えて多忙で面接・聞き取りをすることができなかったので、他日改めて調査に行くことにした。

    写真4                  写真5

 刳舟に木製のチキリで側板を接合する技法は、三重県鳥羽市海の博物館に保管展示されている資料によると、沖縄のサバニィにも用いられており【写真4、5】、川田自身の今後の調査研究と、より広い視野での検討を、後藤明研究会によって行う計画である。  (川田 順造)

写真はすべて筆者撮影
写真4、5に写っている説明書の内容は以下のとおり:
サバニィ
資料番号 2365
沖縄県那覇市
沖縄県漁業協同組合連合会
沖縄糸満地方の漁船で、江戸時代は杉の大木を刳った刳舟でした。
当時の面影が舟底の刳底部に残っています。その刳底に板を合わせてタナ(側板)としています。
表面の黒色は、サメの油を塗って防腐剤としているためです。

進捗状況および成果報告一覧はこちら

調査(琵琶湖博物館ほか) 【 近江名所図屏風と丸子船 】

日程: 2012年10月17日(水)~10月20日(土)
場所: 滋賀県立近代美術館・琵琶湖博物館・大阪歴史博物館
実施者: 昆 政明

 前回調査で、データを提供していただいたサントリー美術館所蔵作品「近江名所図屏風」と比較するため、滋賀県立近代美術館所蔵の「近江名所図屏風」について写真原板の有無、資料として利用できるだけの部分拡大の可否の確認を行い、原板の提供を依頼した。また、琵琶湖で使用されていた丸子船の実物大復元船が展示されている滋賀県立琵琶湖博物館において、ミヨシ部分の構造を中心に船材の接合方法等を調査した。
 前回調査の江戸図屏風と比較対照する目的で、江戸時代前期の大阪を描いたとされる、大阪歴史博物館所蔵の「川口遊里図屏風」について写真原板の有無、資料として利用できるだけの部分拡大の可否の確認を行い、原板の提供を依頼した。今後原板借用手続きを経て、デジタル化等により比較研究資料として活用する予定である。(昆 政明)

復元された丸子船。ミヨシの接合法に特徴がある。 ミヨシ部分の内部。

 写真1 復元された丸子船。ミヨシの接合法に特徴がある。        写真2 ミヨシ部分の内部。

進捗状況および成果報告一覧はこちら

調査(宝島・奄美大島) 【 トカラ列島南部における船の使い分けについて 】

日程: 2012年 9月12日 (水)~ 9月17日 (火) 
実施地: 鹿児島県鹿児島郡十島村宝島/奄美市
実施者: 板井英伸

 これまでのトカラ列島での調査から、同列島北部と南部とでは、住民の船の使い分けシステムに大きな違いがあるように思われた。北部の口之島、中之島、平島においては、マルキブネと呼ばれる2枚帆の船が漁撈、荷役など多様な目的に使われていたが、南部の小宝島では、このマルキブネはまったく荷役に特化して使われていた。それ以外の用途、例えば漁撈や近距離の移動には、奄美大島で使われていたものと同じイタツケと呼ばれる船が使われていたのである。

 今回の調査では、同列島最南端の宝島において、小宝島同様の船の使い分けが行われていたかどうか、確認することに主眼を置いた。そのため、現地・宝島ではもちろんだが、奄美大島へ移住した宝島・小宝島出身者にも面会し、聞き取り調査を行った。

 その結果、宝島においては、戦前期や米軍占領期以後、荷役用にもイタツケのみが用いられ、マルキブネが使われることはほとんどなかったという。先述の通りトカラ列島南部では小宝島でマルキブネが荷役用に使われていたが、その事例の方がむしろ例外的であることが明らかになった。 (板井英伸)

進捗状況および成果報告一覧はこちら

平成24年度 第1回共同研究会

日程: 2012年 6月 9日 ( 土)~   6月  10 日 (日 )
場所: 神奈川大学常民文化研究所
参加者: 後藤 明、川田順造、赤羽正春、昆 政明、大西秀之、深澤芳樹、洲澤育範、門田 修、 宮澤京子、板井英伸

研究会の様子

来年度の報告書にむけた話し合いを行った。その結果本班の報告書は(1)船殻構造の比較、(2)漕法の身体技法の二つの柱で各自が研究を進め報告書に論考を書くこととなった。
 (1)に関しては造船ないし船造りとすると、たとえば帆とかアウトリガーとかの製作も含まれ比較が難しい、すなわち異なった船造りを羅列するだけになることが危惧された。それに対し「船殻」の形成と限定すれば、船本体の木材などをどのように接合するか、あるいは船の骨組みをどのように作って殻を貼るかなど限定した議論が行えるので有効な比較となるであろう。
 (2)に関しては一昨年度のシンポジウムで本班が担当して興味ある議論が展開できたので、引き続き観察調査あるいは絵画や古写真資料などを総合して身体と船の漕法の問題を取り上げると従来にない比較資料になるであろう。
 さらに報告書には考古学資料のデータベース(深澤)および映像(門田、宮澤)DVDを添付することとななった。
 また民具の名称班との合同研究会の可能性も検討した。本班としては船の地方名称(海外の資料であれば船の細分はどのような視点で、どのような語彙を使って行われるかの提示)、船の部位や部材の地方名称の検討会などが提案された。 (後藤 明)

進捗状況および成果報告一覧はこちら

海外調査(ミクロネシア) 【 カロリン諸島型航海カヌー製作の調査 】

日程: 2012年 3月 11日 (日)~ 3月 19日 (月)
実施地: ミクロネシア連邦チューク(トラック)州
実施者: 後藤 明

 今回の調査地プルワット島は文化的には中央カロリン諸島に属する。カロリン諸島は今日に至るまで、伝統的な航海術を使った外用航海が行われている地域として有名である。1975年の沖縄国際海洋博覧会へ来訪したチェチェメニ号(現 国立民族学博物館)は同じ文化圏のサタワル島で作られたカヌーである。今回海洋博公園内の海洋文化館の展示リニューアルに伴って展示用の航海カヌーをプルワット島で製作することになり、その初期段階、とくに丸木船式の船体の製作の観察調査を行った。

伝統的な道具である手斧で微妙なラインを作っていく作業

 島ではパンノ木を使って船体を作る。まず数本選定していたパンノ木の盤根を切って切り倒し切り口をチェックした。一本目は船体を彫るには適さず舷側版などの部材をとることに決定した。二本目の木は状態がよく、この丸太から船底を掘り出すことになった。まず斧で全体の形を作った後、伝統的な道具である手斧(ただし歯は鉄、かつては貝)で微妙なラインを作っていく作業が始まった。
 今後内側をくりぬいてからカヌーハウスに運び、微妙なラインの削りだしを行う。また浮き木や甲板、あるいは帆(タコの木製)などの製作を同時進行させ、約1年かけて航海カヌーを完成させる予定である。 (後藤 明)

写真: 伝統的な道具である手斧で微妙なラインを作っていく作業 (筆者撮影)


進捗状況および成果報告一覧はこちら

平成23年度 第1回共同研究会

日程: 2012年 3月 3日(土) ~ 2012年 3月4 日(日)
場所: 神奈川大学日本常民文化研究所
参加者:後藤明、平井誠、赤羽正春、石村智、板井英伸、川田順造、昆政明、門田修、洲澤育範

 2011年度の調査報告を出席した班員全員から行い、来年度の研究方針について確認した。(後藤明)

進捗状況および成果報告一覧はこちら

調査(米国) 【 大型獣皮舟・UMIAQの制作調査ほか ●アンカレッジ、シアトル編 】

日程: 2012年 1月 15日 (日)~ 2月 25日 (土) 
実施地: アラスカ・ヌールビク - アンカレジ - シアトル
実施者: 洲澤 育範  

-アンカレジにて- 2月17日-19日 (協力者: Tugumi Kouzuma , Aiko Yamamoto, Koujin Toranbark)

◯ Alaska Native Heritage Center 訪問 
 ここは外せない博物館である。アンカレジの郊外にあり、夏場は公共の交通機関でも訪れやすい。ハイシーズンには踊り・唄・工芸など様々な催しが随時開催されている。今回で2度目の訪問であるが、休館日にも係わらずウミアクの写真撮影を許可してくれた。

ウミアク外観 ウミアク骨組み中央

ウミアク骨組み舟首

写真左上より: ■ ウミアク外観 ■ ウミアク骨組み中央 ■ ウミアク骨組み舟首 

◯ Anchorage Museum
 展示物もさることながら、ミュージアムショップ、レストラン、体験施設などが充実しており地元の家族連れで賑わっていた。 Smithsonian Arctic Studies Centerの展示物は思わず見入ってしまった。

クジラ猟用のウミアクの舟尾の座席下に施されたクジラの彫り物。 大猟を祈願する。 ウミアクでのクジラ猟とクジラの解体を描いた絵

猟用のウミアクの模型 キャンプ地移動用と思われるウミアクの内部構造

Fred Machetanzが描いた絵 Fred Machetanzが描いた絵の解説

写真左上より右下へ: 
■ クジラ猟用のウミアクの舟尾の座席下に施されたクジラの彫り物 大猟を祈願する ■ ウミアクでのクジラ猟とクジラの解体を描いた絵 ■ 猟用のウミアクの模型 ■ キャンプ地移動用と思われるウミアクの内部構造 ■ Fred Machetanzが描いた絵 ■ Fred Machetanzが描いた絵の解説


-シアトルにて- 2月20日-22日 (協力者: Todd & Sachiko Dhabolt , Setuko Cox)
                         ●●● シアトルの歴史を知るために(参考) → Chief Seattle's Speech of 1854 ●●●

  ◯ Duwamish Longhouse and Cultural Center 訪問
 アメリカ建国100年を機に開設。観光資源としての文化継承ではなく、Duwamish自身が自らの文化を学ぶために運営されている感が強い。 資料調査と映像閲覧。
 同施設にてStorytellerのJohnny Moses氏に面談し、カヌーに関する唄、踊り、語り、絵画など見聞する。Johnny氏のそれらは、博物館などが刊行した映像、音源、または展示物で知ることができる。
 背骨に沁み入るような応対であった。

Johnny Moses氏 関連サイト→ ,

Duwamish Longhouse and Cultural Center Cattail・ガマの利用法とカヌーの利用法の説明を受ける

唄守りの木像 クマとアリの物語を演ずるJohnny氏

歓迎の唄と踊りの説明を受ける

写真左上より右下へ: 
■ Duwamish Longhouse and Cultural Center ■ Cattail・ガマの利用法とカヌーの利用法の説明を受ける ■ 唄守りの木像 ■ クマとアリの物語を演ずるJohnny氏 ■ 歓迎の唄と踊りの説明を受ける

◯ Washington State History Museum 訪問

同館にて 同館にて

写真左、右: 同館にて撮影

写真はすべて筆者撮影
(洲澤 育範)

進捗状況および成果報告一覧はこちら

調査(米国) 【 大型獣皮舟・UMIAQの制作調査ほか ●コッツビュー編 】

日程: 2012年 1月 15日 (日)~ 2月 25日 (土) 
実施地: アラスカ・ヌールビク - アンカレジ - シアトル
実施者: 洲澤 育範  

-コッツビューにて- 2月12日-16日 (協力者 Roswell Schaeffer)   

◯ コッツビューについて  
 ベーリング海のスワード半島北側のコッツビュ−湾にある細長い半島に位置する。人口約3,000人のイヌピアックの町。この町を基点に点在する極北の村々に行く。

→ 参考映像 Eskimo Village 1950’s

今回調査に入ったコッツビュー-ヌールビク、さらにコブック河上流のKiana地方などの1950年代の生活風景が記録されている。

→ Kiana地方についての参考資料 Kiana Village History Project

コッツビュー空港 アンカレジ-コッツビューを運行するAlaska Airlines 上空から撮影したコッツビューの町。画面右上は凍結したコッツビュー湾。アラスカで夏場もっとも最後まで流氷が残り、ベルーガの先住民生存捕鯨が盛んである。

元コッツビュー市長 Roswell Schaeffer氏が自らのサーマキャンプ・ベルーガ猟を描いた木彫り絵。 コッツビューの街並。画面左上は凍結したコッツビュー湾。チュコート海からベーリング海峡にかけての交易の基点の町である。

コッツビュー湾遠景 コッツビューにおける交易の様子

写真左上より右下へ: 
■ コッツビュー空港。アンカレジ-コッツビューを運行するAlaska Airlines ■ 上空から撮影したコッツビューの町。画面右上は凍結したコッツビュー湾 。アラスカで夏場もっとも最後まで流氷が残り、ベルーガの先住民生存捕鯨が盛んである。  ■ 元コッツビュー市長 Roswell Schaeffer氏が自らのサーマキャンプ・ベルーガ猟を描いた木彫り絵。 ■ コッツビューの街並。画面左上は凍結したコッツビュー湾。チュコート海からベーリング海峡にかけての交易の基点の町である。 ■  コッツビュー湾遠景 ■ コッツビューにおける交易の様子

◯ Maniilaq Health Center 訪問
 アラスカ北西部を統括する医療機関。Maniilaqとはイヌピアックの言葉で「お金がない」の意味だが施設はとてもりっぱで、それぞれの集落にも、出先機関はある。
 院内には多くの民具が展示されており、受付でその旨を伝えると見学もできるし、談話室では制作者が民具を直接販売しているので話も聞ける。レストランの食事も美味であった。ただし、あくまでも病院であり、訪れている人々は患者さんであることを忘れずに行動したい。

Maniilaq Health Center外観・外来口 Kivalina地方のカヤックの模型

写真上段左、右: ■ Maniilaq Health Center外観・外来口 ■ Kivalina地方のカヤックの模型

→ Kivalina地方についての参考資料   

Kivalina地方のウミアクの模型 Kivalina地方のウミアクの模型の解説

セイウチやあごひげアザラシの腸で仕立てる防水上着 セイウチやあごひげアザラシの腸で仕立てる防水上着の解説

セイウチの腸を採取する女性 さまざまな釣り具

写真左上から右下へ:
■ Kivalina地方のウミアクの模型 ■ Kivalina地方のウミアクの模型の解説 ■ セイウチやあごひげアザラシの腸で仕立てる防水上着 ■ セイウチやあごひげアザラシの腸で仕立てる防水上着の解説 ■ セイウチの腸を採取する女性 ■ さまざまな釣り具

◯ North Arctic Heritage Center & National Park Service 訪問
 2004年に訪問したときはとても小さな家屋だったが、りっぱな施設になり、独自に刊行された書籍などの資料も充実している。
 Alaska Regional Profiles , Northwest Regionは右→より閲覧できる。 → こちら 
コッツビュー空港のすぐ左にあり、NANA Regional Corporationの事務所も近い。

North Arctic Heritage Center & National Park Service外観 コッツビュー様式のウミアクの骨組み

ウミアクについての解説 ウミアク関連の写真

ウミアク関連の写真 ウミアク関連の写真

コッツビュー様式のカヤックの骨組み コッツビュー様式のカヤックの骨組みの解説

さまざまな離頭式銛頭 さまざまな漁具

ベルーガの模型 ベルーガの模型の解説

写真左上より右下へ:
■ North Arctic Heritage Center & National Park Service外観 ■ コッツビュー様式のウミアクの骨組み ■ ウミアクについての解説と関連写真(4点) ■ コッツビュー様式のカヤックの骨組み ■ コッツビュー様式のカヤックの骨組みの解説 ■ さまざまな離頭式銛頭 ■ さまざまな漁具 ■ ベルーガの模型 ■ ベルーガの模型の解説

◯ Sulianich Art Gallery 訪問   
 イヌピアックの芸術家たちの作品や民具を展示販売している。以前はコッツビュー市庁舎のなかにこのような区画があったが独立させたようだ。彼らの文化を知るうえで興味深い作品が多い。
 先に紹介したRoswell Schaeffer氏も併設する工房で創作活動に専念しているし、娘のAakatchaq Schaefer女史の作品も展示されている。空港からSecond Avenue沿いにある。

Sulianich Art Gallery外観 事務所の様子

作品、素材について解説するRoswell Schaeffer氏 作品、素材について解説するRoswell Schaeffer氏

作品、素材について解説するRoswell Schaeffer氏。氏が手にしているのはツンドラから出土するマンモスの牙の化石 作品、素材について解説するRoswell Schaeffer氏

akatchaq Schaefer女史の作品 akatchaq Schaefer女史の作品

クジラのヒゲに描かれたウミアク ウミアクの模型。舵がある。

空を飛ぶシャーマン 氷穴釣りする人

写真左上より右下へ:
■ Sulianich Art Gallery外観 ■ 事務所の様子 ■ 作品、素材について解説するRoswell Schaeffer氏(4点)。3点目で氏が手にしているのはツンドラから出土するマンモスの牙の化石。 ■ Aakatchaq Schaefer女史の作品(2点) ■ クジラのヒゲに描かれたウミアク ■ ウミアクの模型。舵がある。 ■ 空を飛ぶシャーマン ■ 氷穴釣りする人

写真はすべて筆者撮影
(洲澤 育範)


進捗状況および成果報告一覧はこちら

調査(米国) 【 大型獣皮舟・UMIAQの制作調査ほか ●ヌールビク編 】

日程: 2012年 1月 15日 (日)~ 2月 25日 (土) 
実施地: アラスカ・ヌールビク - アンカレジ - シアトル
実施者: 洲澤 育範  

-ヌールビクにて- 1月17日-2月11日 (協力者 Edward & Agnes Hailstone’s Family Jeff & Erica Gottschalh)

ヌールビク周辺地図

◯ ヌールビク (Noorvik)についてヌールビク周辺地図 

 コッツビュ−より東に約100km、コブック河を遡った処にある、人口約600人ほど(夏場はキャンプに出るため村の人口は減る)の流域最大のイヌピアックの村。1800年代後半〜1900年代初頭、火山爆発による冷夏の影響で食料が不足したときに、海岸部のイヌピアックが川魚や木など求めて移住・開村した。今回訪ねた家族は開村者の子孫である。
 イヌピアック=Inupiaq 自称・人の意味
 ヌールビク=Nuurvik/イヌピアック語表記 移り住む場所の意味
 コブック川=Kobuk 大きな河の意味

写真右: ヌールビク周辺図

Edward & Agnes ウミアック制作者、話者、ガイド Jeff & Erica 宿泊先提供者、話者

写真左上: Edward & Agnes ウミアック制作者、話者、ガイド
写真右上: Jeff & Erica 宿泊先提供者、話者

滞在中の気象情報
風があるので耐寒気温はさらに下がる。1996年に継ぐ、記録的に寒い冬だった。
チップ(*)曰く、 「低温は人を殺さないが、風は人を殺す。」

(*) 自給自足で生活する北極のハンター Edward “Chip” Hailstone について

【村の外観 ~東西に約1km、南北に約250mくらいの集落~】

写真中央がヌールビクの村 村の周囲を東~北~西へとコブック河は流れる。 村の飛行場 Robert Curtis Memorial Airport 事務所や電話はない。ただの吹きさらし。

写真左上: 写真中央がヌールビクの村 村の周囲を東~北~西へとコブック河は流れる。 
写真右上: 村の飛行場 Robert Curtis Memorial Airport 事務所や電話はない。ただの吹きさらし。

11時30分ころ、朝日は昇る。 午後2時ころ

午後4時30分ころ夕陽は沈む。

写真(3点): 1月中旬 太陽は東南から登り、南の地平線上に浮かび、西南沈む。 
左上より ■ 11時30分ころ、朝日は昇る。 ■ 午後2時ころ  ■ 午後4時30分ころ夕陽は沈む。

南から見た村の遠景 北東から見た村の遠景

村の中心道路。ファイヤーウイドー・ドライブ。この道路沿いに学校、郵便局、教会などの主要施設がある。 村の北外れ、ノーザンライツ・アヴェニュー沿いにある古い家並み。

村の南を通る、クロス・ストリートを西から東に見たところ。気温が−40℃以下になると水蒸気が凍り、霧となり遠景は霞む。

写真上段左より: ■ 南から見た村の遠景 ■ 北東から見た村の遠景 
■ 村の中心道路。ファイヤーウイドー・ドライブ。この道路沿いに学校、郵便局、教会などの主要施設がある。 
■ 村の北外れ、ノーザンライツ・アヴェニュー沿いにある古い家並み。 
■ 村の南を通る、クロス・ストリートを西から東に見たところ。気温が−40℃以下になると水蒸気が凍り、霧となり遠景は霞む。

村の西側を流れるコブック河 村の北東を流れるコブック河

写真左、右: ■ 村の西側を流れるコブック河 ■ 村の北東を流れるコブック河

2004年はさらに上流のコブック村、シャグナック村、アンブラー村とカヤックで旅をした。

本格的ではないが、イグール(雪の家) 雪荒らし 遭難者がでて捜索隊が出動した。

写真左、右: ■ 本格的ではないが、イグール(雪の家) ■ 雪荒らし 遭難者がでて捜索隊が出動した。

(洲澤 育範)
写真はすべて筆者撮影

進捗状況および成果報告一覧はこちら

調査(北海道) 【 中世アイヌ期の造船技術 】

日程: 2012年 2月 22日(水)~ 2月 23日(木) 
訪問先: 苫小牧市立博物館・北海道大学埋蔵文化財調査室
実施者: 大西 秀之
 
 本調査は、苫小牧市博物館に所蔵されている中世(併行)アイヌ期の丸木舟を対象として、その製作工程の痕跡である加工痕の観察を実施した。
 同資料は、勇払川の河岸に位置する苫小牧市沼ノ端より出土した5隻(0~4号艇)の丸木舟である。この内、2号艇と4号艇は、アイヌ語で「イタオマチプ」と呼称される丸木舟の側面に板張り(板綴り)が施された準構造船である。また、同資料は、出土層位から史料・資料が最も乏しい中世(併行)アイヌ期に位置づけられるものと推定されていることから、アイヌ文化の造舟(船)技術を探る上で重要な資料と認識されている。
 観察の結果、同資料の内外面には多数の加工痕が認められた。とくに、内面には、内面を抉るために施されたと推察される、手斧(横斧)で削られた加工痕を検出することができた。また、この手斧の加工痕の幅は、同時期の層位から出土している鉄製の横斧の幅と一致するものであった。くわえて、船体の側面には、板材を結びつけるための穿孔が確認されたが、これらの形態は鋭角な四角形であったことから、同痕跡もまた鉄器で穿たれた可能性が極めて高い。
 上記のように、同資料の製作には、鉄器が使用された事が確認された。こうした結果は、史料・資料的な制約から社会状況が窺い難い中世(併行)期のアイヌ社会において、少なくとも石狩低地帯から日高地方では鉄器が造船に不可欠であったことを示唆するものである。他方、同地域では、北海道埋蔵文化財センターの緊急発掘によって大量の木製品が検出されている。そのなかには、鉄製利器の柄部が含まれていることから、その形態から造船に関わる身体技法が復元できる可能性にも繋がっている。いずれにせよ、今回の調査成果は、アイヌ社会における様々な側面を明らかにすることが期待できるものといえる。

【付記】
 本調査に当たっては、苫小牧市博物館から許可を頂いた。末筆ながら記して謝意を申し上げます。また、本調査では、写真撮影の許可も頂いたが、同資料が常設展示物であるこからHPでの公開は差し控えた。

(大西 秀之)

進捗状況および成果報告一覧はこちら

調査(沖縄) 【 トカラ・奄美の漁撈 】

日程: 2012年 1月 28日(土)- 2月 7日(火)
実施地: 奄美市笠利町/大島郡龍郷町/大島郡瀬戸内町/十島村口之島・悪石島・平島・宝島
実施者: 板井 英伸

平島・南之浜(はえのはま)港で見た浮き船

 これまで、沖縄県域や奄美大島の事例と比較しつつ、トカラ列島の人びとの海の利用方法と、その中での船の使い方について調査を重ねてきたが、前回までに訪問した中之島、小宝島、悪石島のうち、もっとも北にある中之島では、他の2島と比べ、奄美大島や沖縄県域各地で日常的に行われている「イザイ・イザリ」などと呼ばれる魚貝、海藻類の採集がほとんど行われていないことに気がついた。こうした差異は銛や手鉤を用いた潜水漁の場合平島・南之浜(はえのはま)港で見た浮き船でも同様だったが、今回の調査では、これまで未訪問であった同列島北部の口之島と中部の平島・悪石島、南部の宝島において、「イザリ」や潜水漁の実施状況がどのようなものであるかに的を絞りつつ、年間を通した海とのかかわり方につき、漁業者や一般の住民(特に女性)を対象とする聞き取り調査を行った。なお、今回も船便の欠航のため、口之島の滞在日数がわずか一日に減り、宝島へは上陸できず、定期船内で両島出身者からの話を聞くにとどまった。また、奄美大島でも同様の調査を継続したが、それに加えてトカラ列島各島への出漁、通婚、移住など、その他の関わり方についても、同じく聞き取り調査を行った。
 その結果、潜水漁に関しては、口之島では20年ほど前まではよく行われていたが、現在はほとんど見られなくなり、平島や悪石島では現在も盛んに行われていることがわかった。特に平島では、エビ、タコ、貝類の採集用に沖縄本島で「スンチャーブニ(引っ張り舟)」と呼ぶ船型の箱が用いられ、泳ぎながらこれを曳き、漁獲を入れてゆく方法が行われているのを確認した。同様の道具は、宝島でも用いられているとのことである。ただし、特に女性の「イザリ」に関しては、平島も含め、口之島や悪石島でもほとんど行われていないようで、小宝島、宝島で盛んだという話を聞くにとどまった。サンゴ礁の発達がさかんで礁湖をもつ両島での海の利用方法が、たとえば同様の海岸線をもつ奄美大島北部のそれと共通していることは、奄美大島でイタツケと呼ばれる準構造船の分布と重なることもあり、興味深い。 (板井 英伸)

写真: 平島・南之浜(はえのはま)港で見た浮き船(筆者撮影)

進捗状況および成果報告一覧はこちら

調査(福岡) 【 福岡市、および糸島市の聞き取り調査 】

日程: 2012年2月16日(木)~2月18日(土)
訪問先: 福岡市埋蔵文化財センター・糸島市立伊都国歴史博物館
実施者: 深澤芳樹

 今回の調査は、2012年2月までに福岡市域、および糸島市域で出土した船舶資料、また周辺地域で出土した船舶資料について、発掘調査担当者らから直接聞き取り調査を実施するものである。その結果、九州地域においては弥生時代・古墳時代の出土部材資料は現状では潤地頭給遺跡に限られていること、ミニチュアの木製品資料が元岡桑原遺跡などで新たに追加されたことなど新情報を得た。船舶資料のデータベースに活用したい。 (深澤 芳樹)

進捗状況および成果報告一覧はこちら

調査(東京・千葉) 【 屏風等における船舶と推進具の描写 】

日程: 2012年 2月 15日 (水)~ 2月 17日 (金) 
訪問先: 東京都・出光美術館・サントリー美術館 千葉県・国立歴史民俗博物館
実施者: 昆 政明

写真原板の確認「近江名所図屏風」 (サントリー美術館所蔵)

 今回の調査では、サントリー美術館所蔵作品の中から船舶を描いた作品のリストアップと資料として利用できる写真原板の有無、資料として利用できるだけの部分拡大の可否の確認を行った。美術館担当者のご協力により、事前のリストアップと写真原板があらかじめ用意されており、作品毎の詳細データも提供していただいた。その結果、14点の利用可能作品を確認することが出来た。この中では琵琶湖の「まるこ」船との関わりの深い「近江名所図屏風」、江戸の「チョキ」船について情報量の多い「吉原風俗図巻」「隅田川名所図巻」、造船時における舷側板の接合方法で注目される「士農工商図屏風」等がある。今後原板借用手続きを経て、デジタル化等により比較研究資料として活用する予定である。

舷側板の接合方法「士農工商図屏風」 (サントリー美術館所蔵)

 国立歴史民俗博物館、出光美術館所蔵の「江戸図屏風」「江戸名所図屏風」は江戸初期の船舶を研究する上で重要な資料であり、先行研究も多くあるが、今回の調査では、刊行された書籍類から得た情報を実物資料(複製展示品・「江戸名所図屏風」は江戸東京博物館展示を調査)で確認することに重点を置き、特に先行研究では触れられていない艪・櫂・竿等、推進具の使用方法と描き方について注目し調査した。これらについてはこれまでのこれまでの調査を整理した上で、各館担当者に改めて協力依頼したいと考えている。 (昆 政明)


写真上段: 写真原板の確認「近江名所図屏風」
下段; 舷側板の接合方法「士農工商図屏風」
(2点ともにサントリー美術館所蔵)

進捗状況および成果報告一覧はこちら

海外調査(ニュージーランド) 【 マオリの戦闘カヌーと航海カヌー学校(Kupe Waka Center) 】

日程: 2012年 2 月 3 日(金)~ 10 日(金)
訪問先: ニュージーランドのワイタンギ国立保護区 / ロトルア Te Puia/Kupe Waka Center
実施者: 門田修

 1840年2月6日はマオリとイギリスがワイタンギ条約を交わした日で、それを記念して毎年式典が行われる。日頃はカヌー小屋に収められている戦闘カヌーが何隻も海にでて、数百人の人びとにより漕がれ、過去の姿を再現する。調査者はこの機会に、戦闘カヌーの実走を観察、ビデオ記録するとともに、それらのカヌーの製作者であるヘクター・バスビー氏の主宰するクペ・ワカ・センターを訪問し、伝統的航海術のセンターでのカリキュラム、造船所などを調査、記録した。
 ヘクター・バスビー氏とは2時間のインタビューをした。ニュージーランド各地から集まったカヌーの中でも最大のものは長さが35メートルもあり、70人ほどの漕ぎ手が乗り込む。これだけの人を集めるだけでも大変だが、気を合わせて漕ぐために数日前から合宿をして訓練する。漕具は支点のないパロルで前向きで漕ぐ。船体はカウリの大木を3本ひもで結びつけて長さを確保している。船首、船尾には、ほぼ垂直に立ち上がった飾り板が着いているが、それにはマオリの神話を題材とした透かし彫りが刻まれている。
 次に訪れたヘクター・バスビー氏の造船所はKupe Waka Centerという、伝統航海術、造船、木彫などを教える普及センターになっていた。施設はまだ建設中だが、海を望む高台には直径50メートルもある巨大なスターコンパスが設置されていた。学生たちを集め、実際に星を眺めながら、カヌーの針路のとり方を教えるという。マオリの人たちが自己確認のために守るべきものとしてカヌーがあり、入れ墨、ハカ(舌をだして、胸を叩き相手を脅す踊り)がある。戦闘カヌーの漕ぎ手がみんな、嬉々として、そして怒りをぶつけるように闘争心をむき出しにしていたのが印象に残る。  (門田 修)

60人が乗り込んだ戦闘カヌー 入れ墨をした漕ぎ手が舌をだす

カヌーの前後接ぎはひもで結ぶ 星の出入りを表わすスターコンパス

写真上段: 60人が乗り込んだ戦闘カヌー(左)、 入れ墨をした漕ぎ手が舌をだす(右)
写真下段: カヌーの前後接ぎはひもで結ぶ(左)、 星の出入りを表わすスターコンパス(右)
(すべて筆者撮影)

進捗状況および成果報告一覧はこちら

調査(東京国立博物館) 【博物館所蔵船舶関係資料聞き取り調査】

日程: 2012年 1月 12日 (木)~ 1月 14日 (土) 
訪問先: 東京国立博物館
実施者: 深澤芳樹

 今回の調査は、2012年1月現在に東京国立博物館が所蔵している資料について学芸委員から直接聞き取り調査を実施するものである。その結果、屏風・絵巻の他に浮世絵各種の絵画資料に加えて、模型資料も多数所蔵しており、それには海外の船舶資料も含んでいる。今後、必要に応じてこの種の模型資料を活用することが望まれる。 (深澤 芳樹)

進捗状況および成果報告一覧はこちら

  • WWW を検索
  • サイト内を検索

ページトップ

神奈川大学
国際常民文化研究機構