共同研究

5-1.第二次大戦中および占領期の民族学・文化人類学

平成22年度 第3回共同研究会

日時: 2010年 12月17日(金)-12月18日(土)
場所: 神奈川大学 国際常民文化研究所
参加者: 田口理恵、清水昭俊、中生勝美、坂野徹、菊地暁、谷口陽子、木名瀬高嗣、泉水英計

田口理恵講師

民族学振興会文書資料のなかで比較的まとまった資料群の一つが東南アジア稲作民族文化綜合調査に関連する資料である。本格的な海外調査の再開であり、敗戦後の民族学・人類学が新たな段階に入ったことを印象づけるものであっただろう。この資料群を以前に調査したことのある田口理恵氏を招き、「東南アジア稲作民族文化綜合調査団の資料と活用にむけた模索」というタイトルでお話いただいた。以下、概略を記す。
 田口氏の調査は綜合地球環境学研究所の「アジア・熱帯モンスーン地域における地域生態史の総合的研究1945-2005」というプロジェクトの一環であった。主にメコン河流域で数次の比較的大規模な調査によって収集された国内の博物館資料を精査した結果、東南アジア稲作民族文化綜合調査団による収集物は、同地域の他の収集物とともに現在、国立民族学博物館に標本と写真が収蔵されていた。
 調査団の派遣は日本民族学協会の創設20周年(1954年)記念事業として企画され、1957年に東南アジア大陸部、1960年に同島嶼部、1963年にインド・ネパールという3次にわたりおこなわれた。協会の中軸にあった民族学者や言語学者に加え、農学者や考古学者が参加する綜合的な調査であった。第一次調査団には読売新聞社も随行し、記録映画『民族の河メコン』の撮影がおこなわれている。ちなみに、偶々同時期に大阪市立大学が同地域に学術調査団(梅棹忠夫隊長)を派遣していたが、両者の接触は避けられたようだ。稲作調査団からは、上智大学西北タイ歴史文化調査(白鳥芳郎・八幡一郎)などその後の東南アジア調査への発展がみとめられる。

研究会の様子

民族学振興会資料中には、調査団派遣当時の状況を知る手がかりとなる事務局関係資料が多い。先行研究のレビュー、趣意書、行程表や計画書、役割分担や調査日程のメモ、また、寄付金募集関連書類などであり、帰国後に作成された採集品リスト、成果発表の展示会目録、報告書原稿、また、報告座談会記録や映画のナレーションなどである。
 全体として、この調査は、専門分野に細分化しない総合を目指したフィールドワークである一方で、後年の生態史プロジェクトへの連続性を考えさせられるものであったという。
 質疑応答では、日本経済の戦後復興との関連が指摘された。実際に、後援会長でもあった渋沢敬三が寄付を募り、派遣費用の大半が財界からの寄付金で賄われていた。田口氏からは、アメリカ開拓局によるメコン河流域調査報告をきっかけに、メコン河開発がスタートする時期と調査団の派遣が重なっていたという補足説明もあった。 
 (泉水 英計)

☞ 研究会配布資料(田口理恵氏より)

☞ 研究会関連補足資料(田口理恵氏より)

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調査(北海道) 【 民族学・文化人類学とアイヌ研究に関する資料収集 】

日程: 2010年12月2日-5日
訪問先: 北海道平取町・札幌市・江別市: 北海道立文書館、北海道立図書館北方資料室、北海道開拓記念館
参加者: 清水 昭俊、坂野 徹、木名瀬 高嗣

 今回の資料収集は、研究グループが研究対象としている時代区分(第二次大戦中および占領期)より視野を拡大して、アイヌ研究の現在の状況から研究史を振り返って大枠の理解を得ることを目標とした。
 第二次大戦の敗戦によって大学・研究所での基盤を失った民族学(後に文化人類学)は、占領期に再建を開始し、その大きなステップとして学会が最初に計画し実施した調査事業の一つが、アイヌ民族綜合調査だった。占領期の最末期(1950-51年度)に実施されたこの調査は、平穏に行われ、大きな成果を挙げた。しかし、1960年代末頃から、民族学・文化人類学その他の学術分野によるアイヌ研究が、アイヌを含む人々から研究姿勢と研究内容を批判されるようになり、学会の年次研究大会でのシンポジウムが集団的な抗議を受け、出版物が起訴され事実上敗訴するなど、研究の状況は時を追って困難を増してきた。アイヌ研究が陥った困難には複合的な要因があると考えられるが、その一つとして、アイヌ民族綜合調査以来継続してきた研究姿勢がある。過去の研究を振り返る視点は、その後の研究状況の推移によって大きく変化する。第二次大戦と占領期を含む過去のアイヌ研究を批判的に考察するためには、現在に至る研究状況の変化を理解しておく必要があり、今回の資料収集もこの観点から計画した。
 その一つは河野本道氏のインタビューである。河野氏は、1960年代から現在に至るまで長期に亙り、アイヌ研究およびアイヌ関連史料編纂に従事された。河野氏からは、学会など研究組織と研究者によるアイヌ研究の推移についてのみならず、社団法人北海道ウタリ協会(現・社団法人北海道アイヌ協会)などアイヌの人々による組織的活動、北海道庁によるウタリ対策事業、近年での財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構の事業、そして北海道大学におけるアイヌ研究の研究体制など、多岐に亙る要因の関連について、お話を伺った。
 資料収集のその二として、アイヌ民族綜合調査およびそれ以降のアイヌ研究をめぐる状況に関連する資料について情報を得た。平取町では個人宅に保管されてきた1970年代のアイヌ研究批判に関連する文書資料を入手し、保管者のインタビューを行った。札幌市・江別市では北海道立文書館、北海道立図書館北方資料室、北海道開拓記念館にて文書資料・映像資料を閲覧し、展示を参観した。  (清水昭俊)

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調査(大阪) 【 国立民族学博物館 民族学アーカイブの資料調査 】

日程: 2010年 10月 8日(金) ~ 2010年  10月 9日(土)
調査訪問先: 国立民族学博物館(大阪)
調査参加者: 中生勝美、谷口陽子、泉水英計

 国立民族学博物館では、往年の人類学者が残したノートや原稿、調査票など、論文や著作の材料となった一次資料が公開されている。この「民族学アーカイブ」のうち、「日本文化の地域類型研究会」資料と「馬淵東一」資料を調査した。前者は1960年代初頭に行われたもので、当時の九学会連合の活動を検討するうえで重要な資料である。谷口が担当した。後者は戦前は台湾で、戦後は沖縄で活躍した人類学者であり、日本の学会に村落調査の一つのスタイルを定着させたフィールドワーカーである。その調査ノートのうち、台湾は中生、沖縄は泉水が担当した。
 同博物館図書室にはまたHRAF(Human Area Relations Files)が設置されている。第二次大戦中のアメリカにおける軍学連携によって発展した民族誌データベースであり、マイクロフィルム、コンパクトディスク、そして現在では電子情報のeHRAFへと変化し、内容情報も継続的に更新されているが、学史的な関心からは往時の状態を確認できる紙媒体HRAFは貴重である。谷口が岡山のファイルを、泉水がミクロネシアのファイルを調査した。  (泉水 英計)

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調査(金沢)

日程: 2010年 8月 9日(月)~ 8月 10日(火)
訪問先: 石川県立図書館
参加者: 菊地暁、坂野徹

 今回、「第二次大戦中および占領期の民族学・文化人類学」研究の一環として、昭和27・28年度に能登半島で実施された「九学会連合能登共同調査」に関する情報を収集すべく、石川県立図書館にて二日間の資料調査を行った。
 当該期の北国新聞、朝日新聞地方面における記事を閲覧・複写したほか、同図書館に所蔵される小倉文庫(加能民俗学会長を務めた民俗学者・小倉学の旧蔵書)の概要を調査した。その結果、①九学会の調査の実施された昭和27年度7・8月には連日のように記事が掲載され、戦後の社会調査が高い関心を集めていたこと、②能登の人種構成、とりわけ、アイヌ系や大陸系との関係性が注目を集めていたこと、③奥能登漁村の合理的経営がクローズアップされ、地域社会の近代化の可能性に熱い視線が注がれていたこと、などが明らかとなった。 (菊地 暁)

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平成22年度 第1回共同研究会

日時: 2010年7月17日(土)13:30~18:30
場所: 神奈川大学 9号館 16B室
参加者: 中生勝美、坂野徹、菊池暁、木名瀬高嗣、谷口陽子、泉水英計

  (1)振興会資料の整理状況を確認し今年度の整理作業について意見交換がなされた。(2)各研究員が学史に関する直近の著作および研究計画について報告し、これを踏まえて今年度の調査出張の詳細について意見の調整がはかられた。(3)谷口「ミシガン大学日本研究所について」という研究発表がおこなわれ、盛んな質疑応答が続いた。発表の概略は以下のとおり。
  戦後日本への米国の眼差し、とくに社会科学者の眼差しを問うとき、ミシガン大学日本研究所が重要な論点になることは疑えない。1950年に設立された岡山分室は、閉所までの5年間に瀬戸内海周辺地域で精力的に村落調査を展開した。その過程で、大学院課程の一環として現地調査に訪れる地理学や人類学の学生を受け入れて育成に貢献し、また、日本人研究者と親密に交流して組織的な連携を強めてもいる。
  彼らは当時の日本研究のなかでどのような位置を占めていたのだろうか。米国の日本研究が急速に発展するのは戦中の軍・政府と学界との連携である。とりわけ有名なのが、占領政策に大きな影響を与えたベネディクトの『菊と刀』であった。一方、社会構造主義的な日本研究の蓄積があったエンブリーは、戦後になってベネディクトのような国民性研究を自文化中心主義的であるとして厳しく批判していた。ミシガンの研究者の姿勢はエンブリーに極めて近い。モノグラフの体裁まで似ているのは、戦中に日本専門家の促成過程で、希有な参与観察記録であった『須恵村』が教材に用いられていたためであろう。なお、『須恵村』以後の論文や手記には、戦後の日本研究の方向性を示唆する内容が含まれているが、それにもかかわらずミシガンの研究者にそれらへの言及が認められないのは、後者の事故死に政治的な背景があったからかも知れない。
  他に注目すべき点として、研究対象としての典型的な(注意を引く特徴のない)村落の選好、その背景となる、村落や家が日本社会の「縮図」であるという仮定、同一地点での共同調査のなかで作成されたカードによる情報の整理と共有などが指摘された。  (泉水英計)

研究報告レジメ「ミシガン大学日本研究所について」(谷口陽子)

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平成21年度 第3回共同研究会 および 調査(沖縄)

日程: 2010年1月29日(金)~ 2010年2月3日(水)
訪問先: 沖縄県立図書館—オーガストイン久茂地(研究会)—沖縄県公文書館—伊平屋島—沖縄県立博物館—八重瀬町立具志頭歴史民俗資料館
参加者: 泉水英計、中生勝美、坂野徹、菊地暁、谷口陽子

戦前および戦後初期の民族学者による沖縄調査に関する情報を収集するために、現地の図書館や文書館が所蔵する資料を調査・収集し、また、フィールドワーク地での足跡を確認した。
  1月29日;第3回研究会の準備。
  1月31日;沖縄県立図書館にて比嘉春潮文庫を調査、沖縄文化協会機関
         誌『沖縄文化』(第1期)および『文化沖縄』を中心に資料収集。
  1月30日;第3回研究会(今年度の活動報告、研究運営上の課題の確認、
         次年度活動計画)
  1月31日;沖縄県公文書館にてフライマス・コレクションおよびジョージ・
         カー文書を調査、太平洋学術部会資料を中心に収集。
  1月31日;沖縄県立公文書館にて、1936年から1941年まで5度にわたって
         奄美・沖縄・宮古・八重山・台湾を調査し、『南方文化の探求』
         『続南方文化の探求』を著した河村只雄の写真資料、および8
         ミリビデオを閲覧。
  2月1日;伊平屋島にて、河村只雄の足跡をたどり、映像資料の場所を
        特定。
  2月2日;沖縄県立博物館にて参考資料室見学、首里博物館時代(当蔵町、
        1953-1965年)を中心に博物館事業資料の収集。
  2月3日;糸満市兼城集落および八重瀬町立具志頭歴史民俗資料館見学、
        桜田勝徳および関敬吾による戦後最初期の沖縄調査に関する
        情報収集。                
(泉水英計)

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調査(奥能登)

日程: 2009年 12月 4日 (金)~ 12月 6日(日)
訪問先: 奥能登および石川県立図書館
参加者: 泉水英計、坂野徹、菊地暁

(1) 1952年から翌年にかけておこなわれた九学会連合による能登調査の検証を進めるため、具体的な調査地の幾つかを実地見分する。
(2) 12月5日の「アエノコト」行事を取材する。
(3) 上記の(1)に関連する資料の内、一般に流通していないもの(地元出版物・手記など)について石川県立図書館の所蔵を確認する。       
(泉水英計、坂野徹、菊地暁)

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調査(東北大)

日程: 2009年 10月 25日(日)~ 2009年  10月 26日(月)
訪問先: 東北大学、大梅寺(仙台市青葉区)
参加者: 泉水 英計、中生 勝美

 東北大学において開催された国際シンポジウム「台湾研究の過去・現在・未来」に聴衆として参加。講演者バーナード・ギャレン氏は、1950年代に人類学者として初めて台湾在住の漢族の社会組織調査をおこなった。戦後初期の米国人類学の東アジア研究の動向について他では得がたい有益な情報を得た。また、時事年度に共同研究が開催するシンポジウムへの招聘の可能性も探った。
 仙台市内にある大梅寺は戦中期の蒙古在住日本人の慰霊碑があり、過去帳や回想録を所蔵している。住職との面談は許されなかったが、蒙古関係者の記念碑などを見分し、住職夫人から若干の情報を得ることができた。 (泉水 英計、中生 勝美)

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