共同研究

1-2.日本列島周辺海域における水産史に関する総合的研究

資料調査(鹿児島) 【 鹿児島藩の水産史料と奄美大島のシイラ漁業調査 】

日程:  2011年11月23日(水)~11月28日(月)  
訪問先: 鹿児島県奄美市奄美市立博物館、鹿児島県鹿児島市鹿児島県立図書館
実施者: 橋村 修

 今回は、奄美市立博物館の協力を得て、本館に寄贈されている鹿児島(薩摩)藩関係史料(筆写史料)のうち水産史料の調査と、奄美大島にこの時期(秋から冬にかけて)に回遊する魚を捕る伝統的な漁業の現地調査を実施した。なお、鹿児島市の鹿児島県立図書館でも自治体史や明治初期にまとめられた維新前の鹿児島県の漁業実態報告等の資料閲覧をおこなった。

写真1 赤尾木湾のシイラを観察している漁師たち。

 奄美市立博物館の水産史料については、大隅国肝属郡高山郷波見浦の網代、串良郷、大崎郷の漁業、薩摩国川辺郡久志秋目のマグロ網関係の史料を閲覧した。今回は、大隅地域の史料を中心に閲覧することができた。近世鹿児島藩の水産史、漁村史の究明は、川辺郡など一部の地域を除いてほとんど進められていない。とりわけ大隅半島の水産史は不明な点が多いが、今回の調査で、当該地域の関係史料の存在を確認することができ、有意義な機会となった。
 回遊魚漁業については、大島郡龍郷町赤尾木と芦徳の両集落が面する赤尾木湾内に入るシイラを捕る伝統的な漁撈について、現地調査を実施した。赤尾木の魚屋さんで情報を得た後、海岸の定位置(椅子などが常備)(写真右)で「魚見」をおこなっている漁師さんたちに話をうかがった。以下は聞き取りで得た情報である。北西に風が吹き始めて、サシバ(タカ)がやってくるころに(だいたい9月中旬から11月だが今年は遅いという)、シイラ(ヒュー)が湾内にやってきて、ムロアジなどの生き餌や短冊状にしたトビイカの切り身を餌にして釣る(写真下 芦徳港のシイラ漁船)。この時期に湾内に入るシイラ(ヒュー)は、沖合のパヤオで年中釣れるシイラと比べると、脂がのって味はいいという。奄美大島では北(西)側に面している遠浅海岸でない湾でのみシイラ漁がおこなわれ、島の南(東)側に面する戸口や住用ではシイラをとらないという(この点は、幕末期の『南島雑話』の記述と一致する)。

写真2 芦徳港のシイラ漁船

 ここの男性たちは、シイラのことが気になるためか、陸にいる間も暇があれば双眼鏡で湾の様子(飛び跳ねる魚、他の漁業者の様子)をうかがっている。赤尾木湾のシイラ漁業からは、商業的な意味とは別に、この魚とこの季節に格闘したいという漁業者の本質というべき姿が感じられる。その後、赤尾木に近い奄美市笠利町手花部にある石干見、笠利町漁協の魚センターも見学し、奄美での調査を有意義に終えることができた。 (橋村 修)

写真右上: 赤尾木湾のシイラを観察している漁師たち
写真左下: 芦徳港のシイラ漁船
(2点ともに筆者撮影)

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資料調査(鹿児島) 【 坊津のカツオ漁業とブリ飼付け漁業の史料閲覧 】

日程:  2011年11月13日~14日
訪問先: 南さつま市坊津歴史資料センター(鹿児島県南さつま市) 
実施者: 片岡 千賀之

鹿児島県南さつま市坊津歴史資料センターには、カツオ漁業とブリ飼付け漁業の歴史資料を所蔵・展示している。同地のカツオ漁業は、昭和初期に原耕がインドネシア・アンボンに遠征して遠洋カツオ漁業を開拓した歴史を有し、その時の資料と貴重な映像が展示してある。また、同地は、明治期にブリ飼付け漁業で会社を組織し、大きく展開したことで知られる。その資料も展示してある。同館の学芸員・橋口亘氏から解説していただいた。資料の取りまとめにあたった鹿児島県立短期大学の福田忠弘准教授からも「南方漁場開拓に賭けた代議士・原耕」についての研究経過をうかがった。  (片岡 千賀之)

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資料調査(神奈川県立公文書館)

日程:  2011年 10月 6日 (木)
訪問先: 横浜市・神奈川県立公文書館
実施者: 森脇 孝広
 広田重道氏所蔵資料の閲覧を行った。広田氏は1950年、平和擁護日本委員会の発足に参画、原水爆禁止運動をすすめ、第五福竜丸展示館初代館長をつとめた人物である(小林徹編『原水爆禁止運動資料集(第1巻)、緑蔭書房、1995年)。その広田氏が収集した原水爆禁止運動・平和運動関係資料が神奈川県立公文書館に所蔵されており、水爆実験・原水禁運動と漁業とのかかわりを示す史料の探索を行った。直接のかかわりを示す史料は少なかったものの、資料点数が1万点を超えるため、館内に配架されている目録を見ながら丹念に調査を進める必要があると感じた。 (森脇 孝広)

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資料調査(石川県) 【「漁業慣行調査」に関する史料調査 】

日程:  2011年 10月 2日 (日)~ 10月 3日 (月)  
訪問先: 石川県立図書館、石川県庁総務課行政情報サービスセンター
実施者: 伊藤 康宏

 石川県立図書館には水産史料や水産関連の文献があまり所蔵されていないが、本研究課題に関係する資料を発見するといった収獲が見られた。すなわち、秋田俊一「漁業における許可制度に関する研究-明治・大正期石川県漁業許可の生成過程についてー」(財団法人水産研究会、研究資料第129号、昭和32年3月)である。
 同研究の第1章「明治10年代における漁業の実態ー明治12年石川県水産物取調についてー」は、国文学研究資料館所蔵の筆写史料と見られる石川県勧業課「明治12年 水産物取調一件」を取り上げ、解説している。
 一方、石川県の公文書を管理している石川県総務課行政情報サービスセンターでは水産行政史料の調査を行った。
 石川県勧業課編の「明治12年 水産物取調一件」(国文学研究資料館所蔵筆写史料)、「明治13年 漁業実況巡回調査書(石川県下漁業調査)」(国文学研究資料館所蔵筆写史料)、「明治13年 漁業慣例取調書類」(神奈川大学日本常民文化研究所所蔵筆写史料)の3点の原史料を確認できなかった(原史料の所在は不明)。
 ちなみに同センターには明治期の水産行政史料として「漁業紛議」関連史料10点の現存を目録で確認できた。(伊藤 康宏)

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1-1.「漁場利用の比較研究」グループとの連携研究会

日程: 2011 年9月 25日 (日)
場所: 東京海洋大学海洋工学部越中島キャンパス
参加者: 伊藤康宏、田島佳也、中野泰、森脇孝広、片岡千賀之、小岩信竹、中居裕、橋村修、および 
      1-1.グループより、田和正孝、河原典史、若林良和、安室知、橋村修

研究会の様子

田和班との研究上の連携を図るために合同の研究会を開催した。内容は、田和班の安室報告「磯漁における海岸微地形の分類と命名」と河原報告「第二次世界大戦以前のカナダ西岸におけるサケ缶詰産業と日本人—”Fire Insurance Plan”と”Debits”からの検討—」ならびに伊藤班の中野報告「占領期のフィールドワーク─民間情報教育局(CIE)における fishery system & attitude surveyを中心に─」をもとに、討論を行い、理解を深めた。 (伊藤 康宏)

【 今回の研究報告 】
1-1.「魚場利用の比較研究」(田和班)
  ■ 安室報告「磯漁における海岸微地形の分類と命名」
  ■ 河原報告「第二次世界大戦以前のカナダ西岸におけるサケ缶詰産業と日本人—”Fire Insurance Plan”と”Debits”からの検討—」
1-2.「日本列島周辺海域における水産史に関する総合的研究」(伊藤班)
  ■ 中野報告「占領期のフィールドワーク─民間情報教育局(CIE)における fishery system & attitude surveyを中心に─」

1-1.「漁場利用の比較研究」グループの報告ページ

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資料調査(神奈川) 【 ビキニ水爆実験に伴う漁業被害に関する補償関係史料 】

日程:  2011年9月22日
訪問先: 横浜市・(独)水産総合研究センター中央水産研究所図書資料室 (横浜市金沢区)
実施者: 森脇孝広

 1954年のビキニ水爆実験に伴う漁業被害に関する補償関係の史料の閲覧をする目的で(独)水産総合研究センター中央水産研究所図書資料室を訪ねた。
 「ビキニ水爆被害及び間接被害の賠償に関する陳情」には、関係する漁業団体・市場関係者による陳情書が収められており、そこからかれらのこうむった損害の状況や補償要求の内容、および政府の対応方針をうかがい知ることができた。 (森脇孝広)

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資料調査(北海道) 【 漁業権原簿の漁場図について 】

日程:  平成 23 年 9 月 8 日 (木)~ 9 月 10 日 (土)
訪問先: 札幌市中央区北3条西6丁目 北海道立文書館
実施者: 小岩 信竹

 昨年度の調査で、北海道立文書館の免許漁業権原簿を閲覧し、多くの知見を得ることができた。しかし問題もあった。それは本来漁業権原簿には漁場図があるはずなのだが、図面は皆無といってもよかった。その理由は廃棄されたためであると思われる。何故廃棄されたのかは不明であるが、原簿が現在の文書館に保管されるまでに何度かの移動があり、その間に不要と判断されたものと思われる。しかし、道立文書館には漁業権原簿の図面ではないものの、漁業図が保存されている。これを閲覧することによって、廃棄された図面を補うことはできないのかと思った。今回の調査はそのための資料調査を行うことが第1の目的であった。第2の目的は、北海道においては漁業法成立以前に多くの漁業組合が設立されている。そこでその実態を示す資料を見つけることができるのではないかと考え、そのための資料調査を行うことであった。

北海道立文書館

 漁業図は、相当量が保存されているのだが、そのほとんどが明治21年のものである。この漁業図があるため、漁業権原簿の図面が廃棄されたとも考えられる。しかし、21年の漁場図では、漁業法成立後やその後の漁場の実態はわからない。この展は他の資料により埋め合わせて考えなければならないものと思われる。但し、明治21年のものでがあっても、漁場の実態がわかることは素晴らしいことである。特に建網が起き出しされた距離がわかることは有意義である。また、これ以外に昭和期の専用漁業権に関する漁場図が保存されていたので、これを閲覧した。
 明治漁業法成立以前の漁業組合関係資料は多くある事が確認できたのだが、その内容を克明に読解するまでには至らなかった。この点については次の機会に調査したい。  (小岩 信竹)

【写真】 北海道立文書館(撮影:小岩信竹)

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資料調査(韓国)

日程:  2011年9月1日 ~ 6日
訪問先: 嶺南大学校図書館ほか
実施者: 中野 泰

 9月1日は国立国会図書館(ソウル)にて、9月2・5日は嶺南大学校図書館(慶山市)にて、9月3日~4日は海女博物館・民俗自然史博物館(済州島)にて、『茲山魚譜』の写本、及び、関連資料を収集した。以下、嶺南大学校における調査内容を報告する。
 嶺南大学校図書館では、古文献室にて『茲山魚譜』の写本を閲覧し、書誌について調査した。誰によるいつ頃の写本であるかは不明であるが、東洋史学者で著名な故金庠基先生所蔵本が寄贈されたものであることが分かった。
 この写本の中表紙には、疑わしい所には鉛筆でその旨加筆したという文章が貼り紙されている。実際、文中の数カ所に鉛筆による加筆がある。この貼り紙と同様の文章は、『茲山魚譜』の写本全てに認められるものではない。現在のところ、ソウル大学校の2つの写本と釜慶大学校の写本にのみ認められる。
 この点で、嶺南大学校の写本は、鉛筆による加筆を施した写本のうち、原本に相当するものと考えられ、『茲山魚譜』の写本がなされていく過程を明らかにする上で重要な資料であると考えられる。 (中野 泰)

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資料調査(長崎) 【水産調査】

日程:  2011年8月27日
訪問先: 長崎市、長崎県歴史文化博物館
実施者: 伊藤 康宏

 明治前期の漁業慣行調査の系譜を解明するために長崎県歴史文化博物館所蔵の資料調査を行い、「明治13年 漁業之部 附属 水産調 全」(長崎県勧業課)等を調査収集した。本史料は明治13年の長崎県農務係事務簿として綴じられている。内容は、農商務省農務局から長崎県に対して「水産慣行取調」の依頼と各郡から県への取調報告「水産漁業調」県の取りまとめ「水産物調書進達控」からなる。 (伊藤 康宏)

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資料調査(長崎) 【 網取り式捕鯨基地・五島・有川の調査 】

日程:  2011年8月11日
実施地: 長崎県新上五島町、鯨賓館ミュージアム他
実施者: 片岡千賀之

 五島・有川は網取り捕鯨の基地として知られるが、明治期の事業内容については不明なことが多い。鯨賓館ミュージアム、新上五島町中央図書館で関連資料、文献を収集し、郷土史家から資料の存在を尋ね、捕鯨跡地を見学した。当時の資料は見つからなかったが、経営者の縁戚の住所がわかったので、後日尋ねることにした。また、捕鯨跡地の見学で、地理、事業の状況が感覚的に理解できるようになった。
 明治期の有川の捕鯨業は、明治17年に不漁で有川捕鯨組(網取り式捕鯨)が五島捕鯨(株)(主に鯨大敷網)に再編され、さらに明治42年に東洋捕鯨(株)(ノルウェー式捕鯨)に吸収されるが、明治44年に不振で有川での捕鯨事業は終止している。つまり、網取り式捕鯨から近代的捕鯨への移行期における伝統的捕鯨地の事業展開を体現しているのである。五島捕鯨(株)の組織、事業、捕鯨方法、経営収支はわかっていない。また、同社社長の川原又蔵は捕鯨方法、事業経営の刷新を図った人物だが、その略歴もわかっていない。 (片岡 千賀之)                     

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調査(韓国・ソウル市) 【 韓国産乾するめの1840年代中盤から1950年代における加工・流通・輸出に関する資料調査 】

日程:  2011年7月6日 (水)~ 7月10日 (日) 
実施地: 大韓民国ソウル市、韓国海洋水産開発院・ソウル市内卸売市場・大手量販店等
実施者: 中居 裕

 7月6日から10日まで調査のため訪韓した。調査の目的は、1945年から50年代にかけての韓国における乾するめの加工・流通・輸出の関する資料調査であったが、併せてソウルにおける「さしみ」流通についての実状調査と韓国の水産経済研究者との交流を行うことであった。
 韓国産乾するめは、昭和20年代前半、及び30年代当初において、香港の乾するめ市場における日本産乾するめの競合商材であったことから、韓国における乾するめの加工・流通・輸出等の事情を調査するためであった。しかし資料調査についてはほとんど成果をあげることができなかった。訪韓を前に関係機関に資料情報の検索を依頼してあったが、ほとんどなしということであった。その理由は、1940年代は植民地支配の終焉と独立による混沌とした時期であったこと、同様に50年代は朝鮮戦争による混乱した時期であったことなどから、乾するめに係る資料データがほとんど残存しないためと思われる。さらには、韓国においては個別分野や地方的なこと、さらに歴史的なことに対する関心が概して希薄であることも関わっているように感じられた。
 来年度、再訪韓して資料探索を行うつもりである。なお、ソウルのさしみ流通事情については水産卸売市場、大手量販店(E-MART)でヒアリングを行った。 (中居 裕)

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資料調査(横浜・中央水産研究所) 【 宮城県「水産綴」(明治16年) 】

日程: 2011年7月1日
訪問先: 横浜市、(独)水産総合研究センター中央水産研究所図書資料館
実施者: 伊藤 康宏

 明治前期の漁業慣行調査の系譜を解明するために(独)水産総合研究センター中央水産研究所図書資料館所蔵の資料調査を行い、「明治16年 水産綴」(宮城県勧業課)等を調査収集した。同「水産綴」には明治10年代前半の書類が綴じられている。このなかには農商務省から宮城県(郡・村)に対して「水産慣行取調」の依頼と各郡・村から県への取調報告他が収録されている。またこの「水産慣行取調」を企画立案した織田完之の著書『水産彙考』(明治14年)もあわせて収集した。 (伊藤 康宏)

「明治16年 水産綴」 「明治16年 水産綴」 『水産彙考』

写真左、中: 「明治16年 水産綴」(中央水産研究所図書資料館所蔵)
写真右: 『水産彙考』 明治16年 織田完之著(同上) 

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平成23年度 第1回共同研究会

日程: 2011年7月2日
場所: 神奈川大学日本常民文化研究所
参加者: 足立 泰紀、片岡 千賀之、小岩 信竹、田島 佳也、中居 裕、中野 泰、橋村修、森脇 孝広、伊藤康宏

 第4回研究会を7/2(土)に神奈川大学日本常民文化研究所にて行った。研究会は、これまでの2年間の総括ならびに3年間の取りまとめを前提とした今年度の研究計画について報告ならびに討議を行った。メンバー各位の報告タイトルは以下のとおりである。 

共同研究会のようす

 伊藤: 明治前期の漁業(慣行)調査の系譜について 
 片岡: 明治期・長崎県の捕鯨業 
 橋村: 近世・近代の五島における鮪網代の変容 
 小岩: 近代東北北海道におけるサケ漁業権の問題 
 中居: 戦後の東北北海道におけるスルメイカ資源の利用について 
 足立: 戦後の播磨灘地域における沿岸漁業の変容 
 森脇: 戦後の地域社会と漁民運動-焼津市と第五福竜丸事件を事例に- 
 中野: 東アジアにおける「漁業民俗」の歴史民俗学的研究と近現代朝鮮半島における魚譜研究

(伊藤 康宏)

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資料調査(函館) 【 戦後・昭和20年代における水産物の加工と流通に関する調査 】

2011年3月28日 (月)~3月30日 (水) 
訪問先: 函館市、函館大学
実施者: 中居 裕

 8月・10月・2月の調査に引き続き4度目の資料調査を実施した。調査は、函館市の函館大学付属図書館において函館海産商同業協同組合関係・函館海産物取引所関係資料の収集・コピーを実施した。今回は乾するめの輸出関係を中心に資料の収集を行った。 (中居裕)

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資料調査(静岡) 【 焼津・静岡調査 】

日程: 2011年3月12日(土)~14日(月)、19日(土)~21日(月)、26日(土)~3月28日(月)
訪問先: 焼津市歴史民俗資料館・焼津市立焼津図書館・焼津市浜当目コミュニティ防災センター(焼津市)、
      静岡県立図書館・歴史文化情報センター(静岡市)
実施者: 森脇 孝広

 先月に引続いて福竜丸事件と焼津地域の漁業との関わりを調べるための調査を実施した。とくに3月12-14日の調査では、前日の大震災の影響で実施が危ぶまれたものの、JR・新幹線が一時的に復旧したのを受けて調査を行った。
 焼津市立図書館(3/13、3/21、3/26)では、地元の公報誌・漁業関係資料及び定例市議会議事録の閲覧・複写を行った。
 静岡県立図書館(3/12、3/27)では、「プランゲ文庫」のうち焼津地域で発刊された新聞・雑誌のマイクロフィッシュを閲覧したほか、水産関係・福竜丸事件関係の郷土資料の探索・閲覧・複写を行った。
 焼津市浜当目コミュニティ防災センター(3/19-3/20)では、「浜当目区有文書」の閲覧・撮影を行った。同文書は焼津市史編纂の際に調査・整理され、目録が整備されたものである。浜当目青年会の日誌や機関誌『漁村』、事務書類等を閲覧した。
 焼津市立歴史民俗資料館(3/19-3/20)では、同館所蔵の福竜丸関係コピー資料を閲覧・撮影した。また静岡県歴史文化情報センター(3/28)にて、静岡県史編纂の際に収集されたコピー資料のうち、焼津漁業関係・福竜丸関係の資料を閲覧、関係箇所のデジカメ撮影を行った。  (森脇孝広)

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資料調査(北海道) 【 明治期北海道漁業の制度と担い手に関する調査 】

日程:  平成 23 年 3月 22日 (火)~3月 24日(木)
訪問先: 北海道立公文書館、稚内市立図書館
実施者: 小岩信竹

 今回の調査の目的は明治期の北海道漁業の制度史に関する資料調査を継続すること、特に留萌、宗谷地方でのニシン漁業に関する制度史資料を収集すること及び、そこで活発に活動していた漁業会社である北見商会、北見株式会社に関する資料を集めることであった。

株式会社北見商会の社屋

 北海道立文書館での調査はこれまでも実施してきたが、膨大な資料があり、全体像を把握することは容易ではない。今回は初日と三日目に調査を行った。今回は、北海道の三県時代の函館県に関する資料及び明治30年代の留萌や増毛の漁業制度に関する資料を閲覧した。なお、三県時代の函館県は西海岸の大部分を管轄しており、また独自の漁業政策を行っていたことが確認できた。
 北海道に隣接する樺太での漁業展開において、建網が主流であり、刺網との両立が困難な課題であったのだが、北海道においても同様な問題があったことを示す資料があることがわかったことは収穫であった。

稚内市立図書館

 稚内市立図書館では北見商会に関する資料を探したが、同商会がニシン漁業の衰退を乗り越えて水産関係会社として、水産物冷蔵庫の管理や水産加工業者として生き続け、現在も不動産会社として活動を続けていることがわかった。そのトップは明治期以来の伝統を引き継ぎ、頭取と呼ばれていたこと、佐賀家の一族が現地稚内で支配人をつとめ、第二次大戦後に佐賀撤郎が頭取となり、その子孫が以後頭取を務めてきたことがわかった。
 稚内における佐賀家は教育機関の創設にも関わり、地域への貢献が大きいこともわかった。
 今回の調査では、稚内の佐賀家や北見商会の資料調査まではできなかったが、ご当主の許可を得て本格的な調査を実施する必要があると痛感した。 (小岩信竹)

写真上段より
・株式会社北見商会の社屋
・稚内市立図書館

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資料調査(長崎県) 【 漁業制度資料筆写稿本の使用による益冨組研究=近世日本捕鯨業史研究の促進(その2) 】

日程:  2011年 3月 7日 (月)~ 3月 16日(水)
訪問先: 平戸松浦史料博物館、佐世保市立図書館、大村市立史料館、長崎県立長崎図書館ほか個人宅
実施者: 末田 智樹

 江戸時代の紀州・土佐・長州・西海の4大捕鯨業地方のなかで、最大の捕鯨業地域であった西海地方の捕鯨業史料の調査を行った。 とくに今回は、平戸松浦史料博物館、佐世保市立図書館、大村市立史料館、長崎県立長崎図書館や個人宅を訪れて、所蔵されている近世西海捕鯨業史にかかわる平戸・大村・五島・対馬藩などの藩関係文書を中心に調査し、史料の収集を試みた。 そして、日本一の鯨組と言われた肥前国平戸藩生月島(長崎県平戸市)の益冨組に関する、各藩側からの史料や益冨組の別当(番頭)であった畳屋の諸活動に深く関連する史料を発見することができた。それに漁業制度資料筆写稿本を活用することで、益冨組研究と近世日本捕鯨業史研究の促進を一段と図ることが可能になると考えている。 (末田 智樹)

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海外調査(韓国) 【 対馬暖流域の済州道における回游魚利用の歴史民俗学的調査 】

日程:  2011年3月7日~3月10日
訪問先: 韓国済州島(済州道民俗自然博物館:済州市(チェジュシ) 一徒2洞(イルドイドン) 996-1)
参加者: 橋村修、田島佳也

 本調査は、対馬暖流域における回游魚利用および漁場利用の歴史と民俗の解明を目的としておこなわれた。

海女博物館玄関にて

まず、済州道民俗自然博物館をはじめとして済州大学校耽羅文化研究所、同大学校海洋研究所、同大学校図書館、済州民俗村、海女博物館、国立民俗博物館、JDIを訪問し、文献と漁具を中心とした民具資料の調査をおこない、研究者からの情報提供を受けた。また、今後の調査協力体制についても話し合うことができた。
 さらに、済州道の南部の西帰浦市の漁村を訪問し、地元漁師からヒラマサ、シイラ、アマダイ、アユその他の魚の漁撈と祭事利用、漁村契、漁場利用、海軍基地設置に伴う漁場や農地利用への影響、日本への漂流の記憶などに関するお話を伺った。そのほか済州道の北部と東部の漁村においてフィールドワークをおこなった。済州市東門市場では、当地で獲れた漁獲類、柑橘類を中心にした物産について調査した。調査は短期間であったが、大阪経済法科大学アジア研究所の玄善允先生をはじめ、済州大学校、同耽羅研究所の諸先生のご協力をえて有意義に調査を終えた。 (橋村 修)

写真上段より
・海女博物館玄関にて
・西帰浦市漁港
・済州北部漁村の石干見(ウオン)

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資料調査(福岡大学ほか) 【 漁業制度資料筆写稿本の使用による益冨組研究=近世日本捕鯨業史研究の促進 (その1) 】

日程:  2011年2月21日(月)~2月28日(月)
訪問先: 福岡大学総合研究所、九州大学総合研究博物館ほか個人宅
実施者: 末田 智樹

 近世中後期の紀州・土佐・長州・西海の4大捕鯨業地方のなかで、最大の鯨組と言われた肥前国平戸藩生月島(長崎県平戸市)の益冨又左衛門家=益冨組関係の史料が、現在、福岡市に存在している。
 今回は、その益冨家文書関係の調査を行った。今回の調査目的は、前回の昨年夏の調査の引き続き作業である。漁業制度資料筆写稿本のなかの益冨家文書に関する資料が、実際に同家文書の史料と一致しているかどうかの確認作業であった。
 結論としては、漁業制度資料筆写稿本に重要な同家文書が含まれていることが確認できた。これにより、今後3年間で、漁業制度資料筆写稿本と原史料を確認しながら、益冨組研究の論考をいくつか作成でき、近世日本捕鯨業史研究の促進を図ることが可能になると考えている。 (末田 智樹)

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資料調査(京都大学)【 播磨灘における70年代の漁民運動、住民運動の動向について 】

日程:  2011年 3月 7日 (月)
訪問先: 京都大学図書館
実施者: 足立泰紀

 1971年から72年にかけて、18大学の研究者、学生らによって組織された「瀬戸内海汚染調査団」は、漁民や住民への聞き取りを機軸にして瀬戸内海汚染の危機的状況を明らかにした。星野芳郎らを中心とする調査団の公害の実態解明の功績、社会的反響は大きく、その後の反公害運動に大きな影響を与えた。
 今回調査では70年代における播磨灘における漁民運動、住民運動の動向、企業、自治体の対応に関する文献を渉猟した。また地方紙レベルではかなり詳細な被害状況に関する報道がなされていることも確認できた。 (足立泰紀)

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調査(東京・千葉) 【 カツオ節の二次加工に関する調査 】

日程:  2011年 3月 6日(日)~ 8日(火)
訪問先: キッコーマン東京本社、国際食文化研究センター・もの知りしょうゆ館(千葉県野田市)、味の素(東京都)
実施者: 片岡千賀之

カツオ節の利用途として、削り節の他に風味調味料、つゆ類、ふりかけ、エキスなどがある。このうち風味調味料生産の最大手である味の素、つゆ類生産の大手であるキッコーマンを訪問し、カツオ節の購入、需給、価格動向、調味料やつゆの製造工程、原料カツオ節をめぐる課題について聞き取り調査をした。また、キッコーマンが設けている国際食文化研究所ともの知りしょうゆ館で文献資料の検索、および工場見学をした。 (片岡千賀之)

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資料調査(高知) 【 桜田勝徳の高知県調査 】

日程:  2011年 3月 3日 (木)~ 3月 5日(土)
訪問先: 高知県立図書館
実施者: 中野 泰

 桜田勝徳は、高知県調査を数度行っている。昭和6年、昭和11年と戦後の調査である。前者は『明治大正史世相篇』編纂補助を行ったことに対して、柳田国男から300円を貰い旅したもの、後者はアチック・ミューゼアムによる調査で、伊豆川浅吉と行った捕鯨関連調査を中心としたものとして知られる。
 ところで、戦後の調査は占領期におけるCIE(民間情報局)の社会調査部のプロフェッショナルコンサルタントという立場で行われたものである。具体的には昭和22年と昭和24年の2回にわたっている。
 今回は、その足跡を地方新聞により確認する作業を行った。結果、CIEの調査は地方新聞に報道されていないことが分かった。そのため、GHQ関連の地域資料を収集する作業も行った。
 なお、昭和24年の調査は、パッシン、ベネットらCIEの中心的位置を占める者達も同行していた。にも関わらず、報道されていない点は、このような調査が持つ政治的性格に基づくものではないかと推察される。
 このような桜田勝徳の足跡は、漁業制度改革資料収集の前史ともいえ、漁業制度改革資料の位置づけを明らかにする上で、また、1950年代の民俗学史を明らかにするために、丁寧に辿る必要があると思われる。桜田勝徳の資料は慶應大学に所蔵されており、現在、目録化の作業を鋭意進めている最中である。 (中野 泰)

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資料調査(函館ほか) 【 戦後・昭和20年代における水産物の加工と流通に関する調査 】

日程:  2011年2月21日 (月)~2月25日 (金) 
訪問先: 函館市ー函館大学図書館、青森市ー青森県庁、八戸市ー八戸大学・八戸市立図書館
実施者: 中居 裕

 8月と10月の調査に引き続いて昭和20年代における干するめの加工・流通に関する3度目の資料調査を実施した。調査地は、函館市と八戸市・青森市の3地区。
 函館調査では、函館大学付属図書館において函館海産商同業協同組合関係・函館海産物取引所関係資料の収集を実施。ここでは、昭和20年代の函館海産物取引所関係の原資料を多数確認できたが、資料のコピー・整理にはかなりの時間が必要で継続調査が必要。
 他方の八戸調査では、20年代における干スルメの加工・流通に関する資料をほとんど確認できなかった。次回には、函館大学図書館において所管資料のコピー・整理を引き続き行う予定。 (中野 裕)

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資料調査(焼津・静岡)

日程: 2011年2月10日 (木)~2月12日 (土)、2月19日(土)~21日(月)
訪問先: 焼津市立焼津図書館(焼津市)、静岡県立図書館・歴史文化情報センター(静岡市)
実施者: 森脇 孝広

 2月10~12日の調査では、焼津市立図書館・静岡県立図書館にて、第五福竜丸および焼津漁業に関する行政刊行物・関係論文の閲覧・複写を行った。あわせて市立図書館に隣接している歴史民俗資料館を見学した。 第五福竜丸コーナーには写真資料、新聞記事、行政文書、水爆実験被災者の手紙等が展示されていたほか、外務省が公開した外交文書のコピーがファイルに綴じて置かれており、それを閲覧した。市内の巡見を計画していたが、あいにくの悪天候のために延期した。
 2月19~21日の調査では、市立図書館にて関係論文・資料の複写の続きを行い、県立図書館にて地元発行の新聞・雑誌の所在状況を確認した。また自転車をレンタルして市内の漁港、海岸を巡見し、焼津市漁業協同組合が運営する漁業資料館を見学した。同館にはカツオ・マグロ漁業関係の漁具、漁船の模型、写真、古文書等が展示されている。歴史文化情報センターには静岡県史編纂の際に収集された複写資料が所蔵されており、関係資料の所在状況を確認した。 (森脇 孝広)

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資料調査(福島) 【 福島県歴史資料館所蔵行政資料の調査 】

日程:  2011年2月15日 (火)~ 2月17日(木)
訪問先: 福島県歴史資料館、神奈川大学国際常民文化研究機構(共同研究者代表者会議)
実施者: 伊藤 康宏

福島県庁文書(福島県歴史資料館収蔵)の3017「M 12 水産旧慣調」、3019「M 35 漁業法実施準備調査書」等を収集した。前者(下図左)は明治12(1879)に農商務省勧農局から依頼された福島県の水産調査報告、後者(下図右)は明治34年(1901)の明治旧漁業法施行にあたっての福島県の準備状況報告である。  (伊藤 康宏)

「M 35 漁業法実施準備調査書」 「M 12 水産旧慣調」

【 M 12 水産旧慣調 (福島県歴史資料館所蔵) 】         【 M 35 漁業法実施準備調査書 (福島県歴史資料館所蔵) 】

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資料調査(岡山)

日程:  2011年2月12日(土)~2月13日(日) 
訪問先: 倉敷市立図書館、岡山県立図書館
実施者: 足立 泰紀

 今回は戦後の瀬戸内海沿岸域の漁業・漁村の変容のなかで播磨灘沿岸域をいか様に位置づけるかという予備的考察を目的として、水島・児島地域を調査した。戦前からの軍需工業化、戦後復興・高度成長期の都市化・工業化の様相において当地域と播磨灘沿岸域は類似した経緯をたどっている。当地域の社会変動、村落社会の変容に関しては、1980年代の北海道大学教育学部社会教育研究室による詳細な社会学的調査研究をはじめ分厚い研究蓄積がある一方、播磨灘沿岸域についての研究は数少ないのが現状である。今回は播磨沿岸域との比較検討を行うための資料・データの渉猟を行った。  (足立 泰紀)

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資料調査(下北) 【 下北漁村調査 】

日程:  平成23年2月5日~2月8日
訪問地: 下北郡風間浦役場、下風呂漁業協同組合、大間町役場、函館市中央図書館
実施者: 小岩 信竹

下風呂漁港

 今回の調査は、青森県下北地域の漁業事情と漁業関係資料の残存状態についての調査であった。調査内容は以下の通りである。 
 風間浦村においては、佐賀家の資料が問題である。佐賀家は、明治期以後、北海道留萌でのニシン漁業経営の他、青森県下北地方で中心的に漁業経営を行った家である。今回の調査では、下風呂に残る家を確認した。なお、同家の漁業関係資料は、北海道留萌市の資料館にコピーがあり、青森県史編さん室にもコピー資料があるので、閲覧は可能であることを確認した。風間浦村ではこのほか、役場を訪れたが、役場は旧易国間村があった集落に所在している。なお、風間浦村は下風呂、易国間、蛇浦の三村が合併してできた村であり、漁業協同組合は現在でも三つに分かれている。
 下風呂は風間浦村の中心的な集落であり、ここには国の政策で第二次世界大戦の敗戦前に鉄道を通す計画があったという。下風呂には鉄道建設の遺構が残っており、今回、それを確認できた。また下風呂漁港の施設も見学できた。なお、風間浦村では布海苔採集体験ツアーを実施している。これは、風間浦村内の三つの漁協が日を変えて観光客を呼ぶ催しであるが、2月6日は下風呂で実施するというこであった。この行事については、風間浦訪問の翌日、大間へ出かける途次にその様子を見ることができた。

風間浦村役場

 大間町では、海峡保養センターを見学した。これは町営であり、繁盛していた。また大間町では沿岸で海苔の採集をしている漁民の作業を見学した。 
 函館では中央図書館に行き、北海道毎日新聞の明治32年から34年までを閲覧し、漁業関係の記事を探したが、目当ての漁業法関係の記事はほとんどみつけることができなかった。一般の新聞に関しては漁業への関心があまり高くなかったことがわかった。  (小岩 信竹)

写真右上 下風呂漁港
写真左下 風間浦村役場

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調査(神戸) 【 朝鮮海出漁および現地漁業に与えた影響に関する資料収集と研究者との意見交換 】

日程:  2011年1月30日(月)-2月1日(火)
訪問先: 神戸大学図書館(神戸市)
実施者: 片岡 千賀之

 明治初期から西日本の漁民が朝鮮海に出漁し、1910年代には移住するようになって、植民地支配下の朝鮮漁業をリードした。
 朝鮮海出漁についての日本側は相当な研究蓄積があるが、韓国サイドは、日本人漁業による朝鮮人漁業の圧迫という視点から研究を進めている。両者の視点の置き方が異なるが、韓国側の研究はほとんど知られていない。
 国際関係は、出漁側と受け入れ側双方の視点が不可欠である。そうした観点から、釜山に行き、朝鮮海出漁に関心を抱いているか、研究をされている研究者に会って、研究状況を伺い、また釜慶大学校図書館や研究室で、関係論文を収集した。
 お会いした研究者は、釜慶大学校名誉教授のジャン・スーホー氏とチェ・ジュンヨン氏で、資料収集に協力いただいたのは、釜慶大学校のキム・ビョンホ教授である。戦前の原資料はほとんど残っておらず、当時、発行された雑誌や研究調査報告に基づいて論文が書かれており、その資料も多くが日本で入手したものが多い、ということであった。                   
(片岡千賀之)

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資料調査(慶応義塾大学) 【 明治前期の「漁業慣行調査」資料調査収集 】

日程:  2011年1月16日(日)~ 1月19日(水)
訪問先: 慶応義塾大学三田メディアセンター、国文学研究資料館
実施者: 伊藤康宏

 明治前期の漁業慣行調査の系譜を解明するために慶應義塾大学メディアセンターと国文学研究資料館で資料調査を行った。
 慶応大メディアセンターには知多郡役所編「漁具絵図下調」が準貴重書扱いで所蔵されている。同資料は、愛知県知多郡21ヶ村が1879(明治12)年に同郡役所に報告した「水産物取調書」である。但し端書きや奥付が欠けているので経緯等の詳細は不明である。各村からの報告には精粗が見られる。最初に三和村「水産物取調書ニ属スル絵図面」と題して「地引網ノ図」「張切網ノ図」「ウタセ網ノ図」「ツボ(虫累)網」(ケタノ図)の4点が収録されている。漁業解説ならびに操業図は付されていない。
 一方、国文学研究資料館では祭魚洞文庫所収の「漁業慣行調査」資料を中心に収集した。その一部、「106水産営業勘査之儀伺」(画像1)と「1134水産物取調一件」(画像2)を紹介しておく。前者は明治政府勧農局が1879(明治12)年にはじめて実施した「水産取調」の布達と調査方法を示した資料である。後者は、それに対して同年に石川県勧業課が調査報告したものである。 (伊藤 康宏)

「106水産営業勘査之儀伺」(明治12年) 「1134水産物取調一件 石川県勧業課」(明治12年)

画像1 「106水産営業勘査之儀伺」(明治12年)  画像2 「1134水産物取調一件 石川県勧業課」(明治12年)

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