共同研究

1-2.日本列島周辺海域における水産史に関する総合的研究

公開研究会「魚と人の関係史 -『漁場利用』班と『水産史』班の合同成果発表会-」

去る2月15日(土)、本研究グループは、これまでの研究成果発表の場として、「海民・海域史の総合的研究」をテーマとしたもう一つのグループと合同で、公開研究会を開催いたしました(最下段URLをご参照ください)。

参加メンバー:足立泰紀、片岡千賀之、鎌谷かおる、小岩信竹、末田智樹、中居裕、中野泰、橋村修、森脇孝広

当日はグループ代表の伊藤康宏先生は大雪に阻まれ、参加することが出来ませんでしたので、以下にグループの参加メンバーである小岩信竹先生からの報告をご紹介します。

  神奈川大学横浜キャンパスを会場として、本研究グループ、日本列島における水産史に関する総合的研究グループと、隣接する研究グループ、漁場利用の比較研究グループが合同で公開研究会を開き、これまでの研究成果を発表し、参加者と議論をするというのが今回の公開研究会の目的であった。当日は前日の降雪の影響があり、各交通機関が混乱しており、研究会メンバーで参加予定であった伊藤氏が欠席するなど大きな影響があった。また、一般参加者も少なく、この点は残念であったが、実際の討論では専門的な立場からの質問が出るなど、質の高い研究会になったと考えられる。
当日はセッション1として漁場利用の比較研究グループが報告し、セッション2として本研究グループが報告した。その後セッション3として、共同研究の総括と総合討論が行われた。ここではセッション2の報告およびセッション3のうち、水産史に関する討論についてその一端を記録しておきたい。
セッション2の報告は2つであり、中居裕「昭和20年代における水産物輸出に関する考察—スルメを事例としてー」、末田智樹「平戸藩領益富組の取揚鯨と捕鯨漁場—原史料と筆者稿本の融合活用—」であった。交通事情のこともあり、実際には末田報告から始められた。末田報告は、神奈川大学常民文化研究所が所蔵する漁業制度改革、筆写稿本資料を、益富家に関する現地所在資料と対比しつつ、西海捕鯨研究に何を付け加えることができるのかを説明したものである。江戸時代の益富組捕鯨に関する諸事情が明確化したこと及び今後の捕鯨研究や筆写稿本の利用の方向性が示された。末田報告に関する質問としては江戸時代以前の捕鯨との関係や近代以降の捕鯨との関係についての質問があった。中居報告は昭和20年代のスルメ輸出について、函館大学所蔵の函館海産商同業組合資料などを利用して報告したものである。第二次世界大戦以前の動向と以後の動向を比較し、スルメ輸出の特質が中国系華僑の消費者に依存していたこと、不安定であったことが特徴であり、昭和30年代に入ると急減したことが強調された。中居報告に対する質問は第3セッションの総合討論でも出されたが、韓国でなぜスルメは日本語のまま表現されるのか、イカ漁に雇用された南京小僧はどういう存在だったのか、ソ連に抑留された漁民に対する保険はなぜ存在したのかなどが質問された。こういう質問は専門的なもので大変興味深く、少ない参加者ではあったが、フロアの参加者が事前に関係知識を持って参加していたことがわかった。
第3セッションでは本来、伊藤報告があったのだが、欠席のため、レジメが代読された。なお、第1セッションとの関係では漁場利用の比較研究グループの報告者の一人であった橋村修氏は本グループにも所属するメンバーであり、民俗学的な知識の重要性が再確認できたことは収穫であった。このように参加者は少なかったとはいえ、意義がある合同研究会であった。(小岩信竹)

⇒ 公開研究会のお知らせ「魚と人の関係史 -『漁場利用』班と『水産史』班の合同成果発表会-」

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